【身体感覚の足跡】脳みそを考える

心地よい音楽を聴いたとき、想像をぜっする風景を見た時、緊張感のある場に居合わせてしまった時、普段とは違う、自分がいることに気づく時があります。この時、私達のカラダにはなにが起こっているのか・・・その原因に違いない!と思った経験がありました。
 
甲野先生をお招きして稽古をつけてもらった後、ファミレスで3次会をしている最中に、かけてもらった技があります。その時、十分に注意を払って抑えていたにも関らず、すぅ~と手を上げられてしまいました。その時、自分の後頭部がビリビリと痺れるような感覚があったんです。
 
まぁ、こんな事を書くとオカルトチックな気の世界が・・・となりますが、そのダークサイドには入り込まないようにしていますから、どんな不可思議な事があっても、身体の感覚として、捉えるように、今、その瞬間に起きた事を分析しました(笑)。 
 
その後頭部の痺れで考えたものが「脳」です。脳については魅力一杯で、今でも、ブームは続いています。ブームの域を超えて、真面目に取り組める対象になったのかもしれません。このブームのおかげで、私のような素人でも、脳の働きや機能、不思議さについて、多少の知識を持つことが出来ました。
 
 
そのにわか知識を総動員してみると(笑)、今、十分注意して崩されないようにしていたにも関らず、すり抜けられてしまった理由がありそうです。普段の「注意」の仕方は「表面的」なものだったと考えました。その表面的なものはもっと浅い部分で感知でき、そしてそれに対応するように、また手足に指令を出していきます。しかし、自分が普段使っていない部分に入り込まれると、どうしようもないんじゃないか・・・、そう予想をしました。
 
それでも、こんな理由は要らないものかもしれません。誰かを説得するのであれば、別ですが、自分が生きていく中で、自分の持てる能力をしっかり発揮して、楽しく生きる、それができればいいんです。
 
技を通じて感じられた自分の脳が動き出す感覚。今度はそれを経験として、こちらが「行う側」としてやれないだろうか?と試しました。相手に押さえてもらって、その手を上げます。普通に上げると、普通に考え、動いてしまいます。この「普通の時」には普段と変わらない部分の脳が動いているはず。でも、それは当たり前すぎて、感じる事もできません。ただ、違和感が「ない」という感覚です。
 
そこで、後頭部を痺れさせるのです。どうやって?っていうのは経験に助けてもらいます。先ほど、崩された時の感覚を呼び戻すのです。うまく行くと、普通に「考えることなく」手を上げる事が出来ます。一対一で相手と対応していない感覚が相手をすり抜け、技を効かせているようです。 
 
 
 
その後、この痺れる感覚が他にもないかと探してみました。
リラクゼーション音楽とか、小川や風といった自然の音、へミシンクのような脳を活性化させる音楽にはその兆候があるみたいです。左からも右からも入り込んでくる音。その音に居つくことなく、次々頭に入ってきます。情報が溢れたところで、普段とは違った意識で、その音を認識する事ができるようになるんじゃないか・・・そんな事を考えました。
 
意識というのは不思議ですね。
当たり前のものだけが永遠と続くならば、当たり前に勉強して、知識を貯えていけば良いでしょうが、イザという時は大抵、思考が止まります。知識が役に立たない事も多いです。その役に立たない事が分かっていて、勉強していればいいのですが、役に立つ、と思って学び続けると、裏切られた時には全部、自分に戻ってきてしまいます。
 
色んな自分がある、それを感じられるきっかけになった気づきでした。
それでも、説明も実技も妖しいですから、そうそうにこの技からは離れましたけどね。
今やるとどうなのかな?また、聞いてください。

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