甲野先生とのご縁がつながった話

ちょっと昔の事を書いてみようかな、と思います。
気がつけば、当たり前のように心と身体の一体感を伝える仕事をしていますが、こんな未来は当時、まったく描く事ができませんでした。
人生どうなるかわかりません。
 
 
 
今日は師匠である甲野先生とどう、ご縁ができたのか、それをお話しようと思います。
少しは役に立つかな^^
甲野先生と出会ったのは1995年。大学を卒業した年でした。
阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件などがあった年ですね。
ただ今考えると、学生気分が抜けない自分はそんな大きな出来事、事件も自分の「事」として考えていなかったなぁと思います。
この年、卒業したわけですが、実は就職をしませんでした。
今考えると、ニートのはしりだったのかも(笑)
なぜ、就職しなかったかといえば、少林寺拳法の本部で仕事をしたかったから。
少林寺拳法はとても大きな団体です。
しかも財団法人、宗教法人、学校法人をもつ、ちょっと特殊な組織です。
普通の就職とは違って、その年、募集そのものがなかったんです。
しかし、募集がないからといって、諦めるわけにはいきません。だって、仕事は一生の選択ですから。
募集がないなら、来年まで待ちますから。
そう言って、就職浪人として、大学を卒業してしまったのです(笑)。
 
 
 
しかし、この「募集がなかった」事が、今、この仕事をしているきっかけになっているのだから不思議です。
もし、募集があって、そのまま仕事をすることができていたら、甲野先生には会えていたかもしれませんが、これほどまでに、自分の身体と心への理解が深まる事はなかったはずです。
その就職浪人中、暇だったんでしょうね、きっと。
ほとんど本を読まない自分でしたが、卒業時に拳法部の恩師から頂いた甲野先生の本に惹かれ、本を頼りにその技の研究を始めたんです。
研究を始めた・・・と言っても、なにから手をつけていいか全く分かりませんでした。
膝を抜いてみたり、丹田を意識してみたり、試行錯誤でチャレンジしてました。
ただ、なにも「できない」んです。
当時の研究していた技は、いたってシンプル。
抑えられた手をただ、上げるだけ。そんな技です。
やってみるとわかりますが、武道のキャリアとかまったく意味をなさなくなる技です。
こんなもの絶対不可能だ、と思っていた技なのですが、本の中の先生は相手に悟られる事なく、あげているんですからね。
ホントかよ、と思いつつ、稽古していました。
 
 
 
少しでも自分の中に進歩している感じがあればよかったのですが、これが全く、分からないんです。
まぁ、これが「才能」というやつでしょうが、才能がない事が幸いしました(笑)。
 
 
 
才能がない事がよかった・・・?
どう言う事かと言えば、あまりの分からなさに、ついに行動を起こしたんです。
なにをしたかと言えば、甲野先生に手紙を書く、という事をです。
 
 
 
なんだ、手紙か。
と思われるかもしれません。でも、それは手紙を書いた事がない人間の気持ちを分かっていません(笑)。
そんな面倒で、恥ずかしい事、普段なら絶対にやらないです。
でも、書いてしまった・・・。
当時、インターネットはまだ普及していません。
本を出すような人にコンタクトをとる方法なんて、全く分かりません。
ただ、当時の本の最後に先生のご住所が書いてあったのです。(平和ですねw)
自分よりも目上の方にどう、書けばいいのか・・・。
迷いながらも手紙を書こうと決め、送らせていただきました。
 
 
 
すると、驚いた事に、1週間もたたないうちに、お返事をもらったんです。
しかも、そこには私が出した手紙に、熱意を感じました、との言葉が添えられていました。
天にも昇る気持ちだったなぁ・・・。
考えてみると、幸運でした。
手紙を書いた事がない自分でしたが、特殊な手紙は幾度となく書き続けていたからです。
それは「欠席届」(笑)。
大学時代、わが少林寺拳法部には、ある伝統が残っていました。
それは遅刻、早退、欠席をする際には主将宛に手紙をだす、という伝統です。
その手紙はメモではなく、「ちゃんと」書く事が決められていたのです。
早春の候など、時候の挨拶から始まり、一通りの流れを面倒でもちゃんと書かなくてはいけませんでした。もちろん、日時も入ります。その日欠席するためにはちゃんと書かなくてはいけなかったんです。
一枚で収まる時にはもう一枚、ちゃんとつけ、きれいに三つ折りし、新品の封筒に入れて、提出です。休むほうが面倒なくらいです(笑)。
形式ばった固い手紙しかかけなかったのがよかったのかな?
その気持ちを先生は情熱として受け取っていただきました。
そういえば、もちろん、返信用の封筒も入れました!
 
 
 
その手紙にタイミングよく、関西に行く仕事があり、もしよければ名古屋に寄って技を体験されますか?と書いてあったからもう、驚きです。
なにをどう準備し、お迎えしていいかわからなかったものの、急いで会場を取り、連絡の取れる仲間を呼んで先生をお迎えする事となったのです。
 
 
 
今思うと、なぜ、この時、こんな行動力があったのだろうか?と不思議になります。
私の事をご存知の方はお分かりでしょうが、あまり、外へは出て行かない性格なんです。
ずっと、地元の名古屋に住んでいますし・・・。
もちろん、仕事であれば、ドコへでも伺います。遠いから、と遠慮した事はありません。
でも、講座やセミナー、展覧会など、どこかへ行って学ぶ、というのはほとんどしません。
今でもその性格は変わっていないんです。でも、この時だけは違っていました。
ひとつ思い当たるフシがあります。
少林寺拳法の本部は四国、香川にあります。
この就職浪人を決めた年、生まれ育った名古屋を離れ、四国にいき、骨をうずめる決心をしていたからではないかと。
気持ちが遠くへ行こうとしていたんでしょうね。
だからこそ、甲野先生という人の技をしりたい、会いたい、と行動させてくれたのかもしれません。
 
 
 
そして、甲野先生の技を受けてからはもう、身体の不思議、心の不思議の解明に一直線です。
もともと自信のない性格でしたから、自分でなにかをする、求める、という事は考えもしませんでした。
でも、身体を通して気づかされる新しい自分を感じていると、もっと知りたい、そんな気持ちにあふれてくるようになったんです。
気がつけば、自分の中に見つかる新しい自分が自分の中の大きな決心を変えていました。
少林寺拳法の本部へ行き、組織の中で働きたい、という気持ちよりも、地元にある、父の道場を継ぎ、一人一人の身体の感覚を頼りに稽古し、生きる事の楽しさを伝えたい、と思うようになりました。
 
 
 
今はインターネットが当たり前の時代です。
すごい人を探せばどんどん見つかります。
そして、そのすごい人と縁を作るのも簡単です。
また3月にも甲野先生にお越しいただきますが、毎回、たくさんの人が来てくれます。
実は、もったいないなぁ・・・と思っている事があるんです。
それは、あまりにも簡単に出会え、教えを受けれる事で、自分が得た感覚を普通の事だと思ってしまっていないか、という事です。
これまで、17年、甲野先生の背中を追ってきていますが、途中、よくわからなくなる時がたくさんありました。
本当に甲野先生ってすごいのか?とかです。
なぜなら、もっと派手に技を見せる人はたくさんいますからね。
それこそ、手を触れずにヤーと投げ飛ばす人まで。
そんな浅はかな自分を救ってくれたのが、最初のご縁に至るまでにあった苦労と幸運です。
奇跡的な出会いと思えるものがあったからこそ、心が浮気をしそうになった時に、いやいや・・・ちょっと待てよ、と稽古を続ける事ができました。
今でこそ、武術の稽古が身体と心が一つである、という事を学ぶ事ができる最高の方法だ、と分かりますが、これが直接、仕事や資格に役立つわけではありませんからね。
結婚し、仕事が変わり、ばたばたして来れば稽古する余裕をなくし、離れていてもおかしくありませんでした。
それでも、続ける事ができたからこそ、今があります。
 
 
 
甲野先生には、自分とはなんだろう?という問いを自分で考えていいんだよ、という事を身をもって教えていただいた気がしています。
今、私自身がそれを伝える事を一生の仕事として選択しました。
自分の身体ってなんだろう?心ってなんだろう?自分の限界ってこんなものなのかな?って感じている人は諦めてしまう前に、一度体験してみてください。
私がそうだったように、自分ってよくわからない・・・と驚くことができますからね。
お呼びいただければどこへでもいきますから、そちらも、ご遠慮なく。
久しぶりに、昔話をしました。
変な話にお付き合いくださり、ありがとうございました。
なにかありましたらご連絡ください
jun@karadalab.com
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