【稽古日誌】金曜日は稽古三昧

今日は安城市社会福祉協議会の依頼で介護者のつどいの中で古武術介護の講座をしてきました。20人ぐらいだったかな、男性、女性、プロの方もそうでない方もいて、多種多様。それでも、全然平気になっているのは、なんだか不思議。人前にでるのがあんなにも苦手だったのに(笑)。
 
 
 
理由は絶対に、古武術を通して自分探しがうまくいっているから。
きっと心を頼りに探してしまっていたら、手がかりも見つからなかったと思う。
でも、運良く、身体を通して自分をみるチャンスを得て、気がつけば、たくさんの自分に出会う事が出来た。
その中で気づいてきた事が今回のように、求められ、喜んでもらえるものにもなるんだから、幸せとしか言いようが無い。
 
 
 
さて、限られた時間でどこまで伝えられるか、それだけが心配でしたが、結果的に大盛況、大好評となり、良かったです。
特に意識してお話したのは肘の話。
肘と仙骨が連動している、というお話です。
 
 
 
そろそろ普段から身体に重さを感じる年齢の方が多かった事もあり、軽やかに動ける、という事に驚いてもらえました。肘って年齢とは関係なく、動き続けてくれるんですね。
まずは自分の肘と骨盤の連動を感じてもらってから、相手の肘にアプローチです。相手の肘に優しく触れる事で、バランスが崩れ、動きが生まれます。
その重さのエネルギーが身体を動かす力になります。
 
 
 
筋力に頼る動き方から、構造、重さにシフトするには発想の転換が必要です。
構造をしらない段階で筋肉の動きを捨てるのは勇気が必要です。
それでも、なんども筋肉ではない力で動かされれば、だんだんと力の入らない世界がある事がわかります。
人間は経験を重ねる事がいちばん上達への近道なんですね。
20人という人数も良かったのかもしれません。
説明は忘れても、身体で受けた感覚は絶対に残りますから。
 
 
 
この講座は12月にも開催します。
参加費は無料のはずですから、もし、お近くの方で興味があれば、ご連絡ください。
 
 
 
夕方からは少林寺拳法の稽古。
最近子供たちには仙骨を立てることを意識して指導しています。
正座をした時、骨盤が倒れる子が多いんです。
まぁ、僕も、そうなんですけど。
 
 
 
だからこそ、身体が固まる前に伝えなきゃ、と思います。
姿勢が良くなれば、考え方も変わります。
なぜなら、感じ方が変わるから。
とはいえ、すぐに効果が出るわけでもありません。
 
 
 
しかし、子供の頃の習慣こそ、どんな大人になるのかを決めるように思います。
とにかく、自分には身体があるんだ、という事をしっかりと伝えていきます。
もう、どこにも、伝えてくれるところは無いんだから・・・。
 
 
 
9時からは深夜稽古、大人の武道塾。
こんな夜からお付き合いしてくれる人がいるのか?と思われるかもしれません。
でも、いるんです(笑)。
今日は5人で研究稽古です。
 
 
 
先々週に見つけた、「肘から先は道具」の術理。
先週の時点では自分の腕を道具に見立てるのに精一杯。
それでも、これまでのどんな動きよりも、速く、気配も出ず、細かい動きが可能になりました。
それまで出来なかった技もこの気づきのおかげでできるようになったし。
 
 
 
動けば動くほど、発見がある時期ですが、今日の稽古では、相手の腕を身体から切り離す事に成功しました。
身体から切り離すと、相手の中に強烈な違和感が生まれます。
目に見える前腕は自分の腕なのに、制御をこちらに奪われてしまうからです。
 
 
 
この切り離された状態で、その前腕を道具と見立てて、崩さないように動いてみると、その道具に引かれて、相手が崩れていきます。
原理はなんとなく、頭のなかに生まれつつありますが、本当にこれでいいのか?と疑問です(笑)。
 
 
ただ、技の威力、感触が全く違いますから、レベルが変わったのは確かなようです。
 
 
 
いつもそうなのですが、変化が現れるのはまず、身体、動きからです。
その動く身体を手に入れて生活をしていると、どんどん、ひらめきが生まれてくるんです。
身体が変わることで、感じ方が変わっているんでしょうね。
 
 
 
自分の身体に道具を見つける事が出来て、自然と、自分と道具、自分と自分以外のものとの関係を考えるようになりました。
道具というのを人が生み出したもの、と考えてみると、どんどん枠が広がっていきます。
言葉も道具、思考も道具、知識も道具です。
そして、見る、聞く、感じるといった五感も道具かもしれません。
 
 
 
自分の感じるもの、認識できるものは脳を通して感じられるものだからでしょうか。
それらの道具をこれまで、「自分」と考え、生きてきました。
そして、その道具を扱いきれずに、自分には才能がない、不器用だ、と思い込んできたのです。
 
 
 
でも、これはどうやら間違い。
道具としてみてみると、まず、道具に対しての信頼がまったくなかったなぁ、と反省です。
与えられた道具に対して、気持ちの中で文句をつけていたんでしょう。
そんな状態で道具が力を発揮するわけはありません。
道具が道具として力を発揮するのはその道具の働きを自分が認めた時だけです。
 
 
 
考えれば考えるほど、たくさん、おもしろいアイデアがわいてきます。
道具の術理に気づいた事で、自分の中の自我とはなにか、というのも感じるようになりました。
そして、その自我の扱い方も。
 
また、運命も道具かもしれない、なんて考えたり。
 
 
 
気がつけば、もう、こんな時間。
頭も廻らなくなってきました(笑)。
明日、今日だな、もう・・・。
浜松での稽古で、しっかりまた、検証して、ご報告します。
よろしくおねがいします。

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