8月の大人の武道塾

8月の大人の武道塾の予定は下記の通りです。

8/22 浜松 15:00~18:0013:00~15:00は個人指導を受け付けています。)

8/23 名古屋 10:00~16:00(変更になりましたのでご注意ください。)

8/29 大垣 17:00~20:45

7月末、甲野先生との稽古の中で大きなことに気付かせてもらいました。それはこれまでの動き、考え方と比べて真逆です。どちらが正しい、ということはありません。どちらも、自分が持っている可能性だと考えています。せっかく、両方持っているんです。自分の力に変えてしまいましょう。

しょんぼりは強い、すごく強い

先月のテーマは「背骨の厚み」でした。物理的に持っている厚みを自覚することで生まれてくる力を感じてもらいました。

私自身、厚みに気付いてから大相撲の力士と手を合わせましたが、体重が倍ほどある彼はその強さに非常に驚いていました。(でも、実は私がもっと、驚いていたんですけど)

その背骨の力が甲野先生との稽古ではまったく役に立たなくなる、という経験をしたんです。自分の動きが通用しない時、理由があればそれを補うように練習ができますが、今回はまったく、意味不明(笑)。いったい、どうしていいのか、まったくわからないから、頭の中はパニックになりました。

それでも、これまでの稽古のおかげで、より新しい術理を手に入れるために、今の動きを捨てる、ということは上手になっていました。甲野先生との稽古の感覚を手掛かりに、出来る事を探っていったとき、「しょんぼり」という姿勢が頭に浮かび、試してみたところ、これが出会ったことのない自分の感覚で楽しいのです。

 

しょんぼりを維持するには頭をコトンと落とすことが手掛かりになりそうです。

背骨は下から、仙骨、腰椎、胸椎、頸椎と名前が付いています。全部、似たようなものなのに、名前が違うんです。こういうのも本当はもっと前に不思議だ!と思えればよかったのですが、当たり前すぎて、つい、そういうものだ、と考えることをしなくなっていたみたいです。

胸椎と頸椎の境目を意識して、頭の重さを腰椎、胸椎で支えないように頭をコトンと落としてみると、背中や胸に力が入りません。世の中では体幹トレーニングが流行り、多くの人が行っていますが、その充実感とは真逆な弱さを感じることができます。

しかし、この頼りない体幹にしておくと、不思議と肩から先の腕が軽く動き出します。なにかをしようとする際にでてくる気配がぐっと消えて相手からはみえなくなります。このしょんぼりの姿勢から打つ突きはなにも意識をしなくても、全部、無拍子な突きになります。無拍子突きという突き方があるのではなく、力まず、タイミングをつかませない身体があるんですね。おそらく、このしょんぼりを維持できるようになれば、あらゆる動きが無拍子化していくのだと思います。

8月の稽古ではまず、このしょんぼりを体験し、実際にしょんぼりできるように誘導していきたいと思います。

身体は連動しているものの集まり

しょんぼりをすると腕が軽くなります。自分からの動きもそうですが、相手から押されてりしても、肩に力みを作らないですみます。この時の軽さも今までなかったものです。経験したことのない軽さを経験するとそこが基準になりますから、特別に技を覚えなくても、自然と体がそのタイミングで反応できるようになるはず。いい動きと共にする時間を増やしていくといつの間にか、自分のレベルが上がっていくのだ、というのを実感しました。

さて、この軽さが当たり前のものになってみると、心に余裕が生まれて分析ができます。気配がないだけではなく、左と右の腕が微妙な感じでつながっているのを見つけました。

この時のつながりは100パーセント。どちらかが動けば、必ず、反対側に動きが現れています。ただし、その時の動きの割合は同じではありません。よくできた手術ロボットのように、大きく動かしても、ブレが出にくいように、小さく動いてくれます。

この連動に気付くことができると、気配のレベルがまたあがります。右手を動かそうとした時、意識をするのは左手になるんです。全く反対側を動かすことで動きを作れるのですから相当それを警戒していなくては動きを止めることはできません。

 

この連動、ということですが、連動させよう、と思うと最初はなかなか難しいようです。頭はどうしても、今までの癖から出ることはできません。しかし、こう考えてみたらどうでしょう、私たちの両腕はこれまでも連動し続けてきた、と。

連動させるのが難しい、のではなく、それはもう、動かない、動かしてはいけない、と思っている腕の方に意識が強くいきすぎて、その連動で反対側の自由な方の腕が止まっているんです。腕は常に、自由な腕と不自由な腕です。頭は一つの事に意識を集中させてしまうので、ついつい、抑えられている不自由な腕を見てしまいます。ちょっと考え方を変えて反対側の腕を揺らしてみます。すると、抑えられている側の腕がわずかに動いているのに気付くかもしれません。

 

当たり前の動きを自覚するのは難しいです。その難しさは手を取って、感覚を逃さないように何度も繰り返し経験を積めばそういうことか、と必ずわかります。連動に関してわかった事はまだまだわずかで、精妙な身体の働きからすると入口でしかないと思いますが、確かになっているものはしっかりとお渡しいたします。

触れたら投げる

武術の名人の伝説は不思議なものばかりです。なかなか刃物を使った技は練習もしにくいですが、柔術の技はいくらでも練習ができます。

武道になれていない人からすると、触れた瞬間に相手を投げる、というのはある程度のレベルになればできるもの、と考えているかもしれません。映画のようにひょいひょい投げる姿に憧れて武道の道に入りたい、と思っている人もいますよね。

ただ、夢を壊すようで悪いですが、現実にひょいひょいと投げを打てる人はほとんどいません。残念ながら私は出会ったことはありません。もちろん、気の世界の技を使えばじろっとにらむだけでも人は転びます。しかし、それは、相手が自分の気よりも小さな場合です。無邪気な子供がバンとぶつかってきたのをひょいと交わして転がして遊ばせられることはできません。

自分の準備なくただ来た動きに従い、次の動きを作る、そんな事ができればいいなぁ、とずっと、考えていました。

どうやら連動はその夢のような動きのカギになりそうです。人間はなにかに触れた、出会った時、無意識に力みがでます。その力みが動きを止めてしまうのです。この止まってしまいそうな時、反対側の腕をいつも自由にさせておけば力をぶつけることなく、次の動きへと向かえます。

触れたら投げる、この動きを実感するのに有効な方法があります。それは、四つん這い。立たない、事で腰にあった無意識の力みがなくなるのかなぁ、とにかく、腕と脚が気持ちよく動く方へとぐるぐると動かしているだけで、いつの間にか相手が崩れ、投げになっていく事を見つけられるはずです。

こういう稽古は先輩、後輩という立場があるとやりにくいものです(笑)。

その日、その瞬間に縁ある人同士が集まって稽古をする一回稽古制のすごさが感じられるかもしれません。

連動はさらに、細かく、どんどん小さく

左右の腕、脚のおかげで連動という世界があるとわかりました。連動に気付く前はどうしても、問題と衝突する事が多くなります。そして、問題を解決するためにはより大きな力を手に入れるのが一番、無意識にそれを考えていました。しかし、無限に力が増えていく事はありえません。あり得ない、わかっていても、それに頼るしかなかったわけですから心の奥ではいつも、矛盾でいっぱいだったんでしょうね(笑)。

連動が見つかり、必ず自由な自分がいることがわかりました。そして、まさか、左腕と右腕だけが連動しているわけはありません。腕の研究がひと段落してきたころ、他にはないかな、と興味が外へと広がりだしました。

すると、たくさんの連動らしきものが見つかってきました。

例えば「指」。5本の指はひとつひとつ独立しているように見えますが、5本が「連動」しています。試しに目の前にあるなにかをつまんでみてください。親指と人差し指でつまんだとしても、その時、残りの3本はなにもない時とは違っているはず。5本の指はいつも、完全な連動で形を作っています。

手のひら返し

ふと、昔気付いた手のひらの技を思い出しました。手のひら返し、という技です。

手のひらをぎゅっと押さえつけるようにしてもらうと、なかなか抜け出せません。相手が自分よりも大きな力を持っていればなおさらです。ついつい、力が出せる腕に頼って動いてしまいますから。

そこで、腕を使わず、引こうとせずに、手のひらを返す事を試します。すると、不思議なぐらい簡単に抜け出すことができます。ちなみに、あまりに簡単で練習がいらない動きですから武道の高段者にはあまり評判がよくありませんでした(笑)。長年の練習があるから出来る事もあれば、練習ではなく、自分の身体の力を信じることが大切なこともあるんです。

なぜ、こんな結果が出るのかというと、5本の指が連動し、手のひらを作っているからです。そういえば、手のひらは「平」ではなく、「指」です。中手骨という立派な独立している指があります。最初、左右の腕の連動は意識をしなくては難しいですが、手の指は意識をしなくても、連動しています。むしろ、独立して単独の指を動かす方が難しいです。

矛盾を矛盾なく矛盾のまま

体の中には矛盾した二つの働きがあるようです。世の中は陰と陽でできている、と言われます。「どちらも」正しく、すごいことです。そのどちらかしかないのではなく、両方持っているのが人間なんだろうなぁ、と思います。

その両方を楽しみながら自分の中の不思議さを楽しんでください。

あと、余談になりそうな話として、「視力」についてわかった事があります。まさk、この歳でとくに努力をすることのないまま視力が上がるとは思いもしませんでした。つい最近、視力について感じたことをツイートしたものがあります。まとめるほど分かっているわけではありませんから、そのツイートをそのまま紹介しておきます。

視力が回復している!

前後の方向に気がついてから、「動いている」「動いていない」がよくわかるようになりました。前後の方向に気がついてから、目も動いていなかった事に気づいて、視力も変わってきました。最近は指先、たぶん、皮膚に動きが出てきました。張りのある皮膚ってこんな感じなんだろうなぁ、って。

動くとも思わなかった部分に気づくと、ちょっとした時間でも、そこを動かそうとしてしまう。これは、結果として、トレーニングになっているのだと思うけど、強制力がゼロなのがポイント。気がつくと、そこに力がついている気がする。とりあえず、ピントが合いだしたのはそうとしか思えない。

眼球は動く。前後に。それを邪魔していたのが頭だし、体。近眼は頭と体が固くなったせいだったのか(笑)

この身体はついつい、当たり前に思ってしまって、自分が一番知っている、と思いがちだ。でも、もしかしたら違うかも。そんな小さな思いが少しでも生まれたらこの先の何十年かはまるっきり違うものになる。

目玉と頭と体についての質問があったので、もう少し詳しく。ただし、これは、全部、感覚的なこと。たぶん、視力を快復させるぞ!といった時にまず頭に浮かぶ眼球トレーニング、それなんだとおもう。どんなトレーニング、ドリルもそうだけど、うまくいく人と行かない人がいる。その違いが体の感覚。

眼を八の字や前後に動かしたり、ぎゅっと瞑ってみたり、視力回復のコツはいろいろあるみたい。リラックスする、というのも大切なんだと思う。どんなトレーニングもそれを「続けられる」かどうかがカギだ。たった一回で変化の出るものなんてない。そして、それが筋肉に影響を及ぼすものならなおさら。

眼を動かす、といった時、前後に動かす「実感」があるのとないのとでは八の字もぐるぐるも、もちろん前後に焦点をずらす運動も効果が違うと思う。眼が動いている、と実感ができるからこそ、続けられるんだと思う。私が前後の動きを実感するのに必要だったのは、まず体と頭に前後を出す事だったみたい。

イスの上に立ってみた時、体が無意識的に前後に揺れるのを感じた。これは後から、呼吸が深くなっている、という事だとわかったのだけど、普段、呼吸が浅く、前後にゆれるはずの体を止めていたんだと思う。まず第一に取り戻さなくてはいけなかったのは体の前後運動だったと気づいたわけ。

体を前後に動かしても転ぶわけではない。しかも体を前後に動かしておくと、「勢い」がでる。いい事づくめ、なのだ。この前後の運動を意識していくと、次に気づいたのは頭。頭はわずかだけど、前後に動かしてみると、その僅かな力が体全部につながり、勢いを出してくれる事に気づいた。

なにかをする時に手先だけで行う癖が付いていたんだろう。この頭主導の動きがそれまでとは全く違う勢いのある動きを与えてくれるようになった。しかも、この頭の動きは他者からは見えにくいものらしい。常に、自分が先手をとって、動きを作る事ができる。うん、いい事づくめだ(笑)

そんなこんなでちょっとずつ、「前後」の動きの大切さを感じて行ったんだけど、それが、まさか、目玉にまでいくとは!自分でも驚きだったんだけど、ある日、メガネを外しても自然とピントが合う不思議さを感じたわけ。

目玉がぎゅーっと、前後に動いて、ちゃんと、自分の「意思」が届くものになった感じがあった。「自分のものになった感じ」は本当にうれしいもので、暇さえあれば、ぎゅーぎゅーぐるぐる動かしていたんだけど、これがきっと、自然に眼の筋肉を鍛えてくれたんではないかと推測してます。

最初に書いたように、世の中にあるトレーニングは効果的なものを最短距離で得るための手順だろうと思う。どんなに効果的なものでも飽きちゃえば続かない。動けば、変わるのが体。体を取り戻すための最短距離は人それぞれ。まず、一つ、どこでもいいから、体を感覚的に捉えられるいい。

そういえば、善光寺にいった時、戒壇めぐりをやってきた。真っ暗な中を進む時、目玉は恐れて、背骨に向かう感じがした。そうなると、もう、前へと進むのが大変だ。でも、見えない目玉をギュッと前へと押し出すと、体は普通に前へと進むのだ。暗闇に光を見つけた時の眼はきっと、そんな感じなんだろう。

眼は体の中では意外に身近なもの。私は体が力みすぎているので気づくのに時間がかかったけど、もしかしたら、簡単に前後の動きを見つけられる人もいるかもしれない。とにかく、どんな部分も、空間的には三つしかないんだから、ひたすら、その三つを滑らかにしていくと間違いはないはず。

 

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