気持ちを交換できると楽しい

今日は「交換」という事をお話します。

ある人は「交換」は人間の条件ノ一つだと言いました。交換の定義はたくさんあるでしょうが、確かにお金を通して交換をするのは人間だけですし、自分の元気を相手に分け与えていく事、もらっていく事で次の新しい世代を生み出していっている、とも考えられます。
 
 
 
最近、何度もお話している「力」で考えてみると、これがすごくよくわかります。交換できると楽しいんです。動物がこの楽しさを知っているのかは分かりません。人間だけなのかもしれませんし、そうで無いかもしれません。

まぁ、どちらでも構いません。大切なのは「自分が」その楽しさをちゃんと実感をしているのか・・・という事でしょう。

私の場合、どうも今まではそれが「なんとなく」、だったわけです。もちろん人間ですからもらったらうれしい、という気持ちがありました。ただ、それをしっかりと受け止め、渡していたか、と言えばあんまり上手にはやれていなかったような気がするんです。

基本的に自分の事を内向的だと思っています、周りはどう思っているかは分かりませんが(笑)。うまく表に出していけないんですね。まぁ、毒を吐くように外へ文句をつけていくよりはいいじゃないか、と言えばそうですが、こと、交換する、という点から考えると、上手に受け取っていない、というのは良いことではありません。

貰い下手なんですね。

この仕事を始めるようになって、たくさんの「感謝」を頂くようになりました。言葉や態度を通して頂くその気持ちはとってもうれしくなりますが、これまであまり経験がなかった事ですので、どうも恥ずかしいんです。自分が渡したと思っているもの以上に感謝をされるとつい、感謝をされるのを抵抗しちゃうんですね。

謙虚でいいじゃないか、という考え方もありますが、こちらから出した元気を受け取ってもらって、それに対してありがとう、という感謝を相手はしているわけですから、それはしっかり受け取らなくてはダメでしょう。いや、むしろそれをしっかりと受け止める事で、もっと「繋がる」という気持ちが生まれるのではないかと思います。
 
 
 
どうして恥ずかしいのかな、と思ってすこし考えて見ました。

これまでの仕事は自分の気持ちに対して感謝をされると言うよりも、自分の持っていた商品やサービス、技術に対してお金を払い、その上にあった少しの気持ちに対して有難う、という言葉を貰っていたと思うんです。

これは仕事に対する姿勢だと思いますが、自分の与えられている分だけを働けばお給料はもらえます。ただ、商品にプラスをして気持ちをこめて仕事をすれば相手にもその気持ちは伝わっていくのではないかと思うんです。「通常ありえない」程の気持ちがその商品やサービスに乗ってくれば同じものを買っても、ちょっと違うはずです。
 
 
 
先日ディズニーランドで働いていた人の本を読みました。そこに書いてあったのはゲスト(お客さん)に対するとても大きな気配りです。ディズニーがすごい、と言ってもなにがすごいんだろう・・・とずっと考えていました。それこそ「同じような」テーマパークはたくさんあります。バブルの頃だと思うのですが、各地に「同じような」ものが作られました。でもどうも、よくない。違うようです。

姿、形は似ていても、中身が違うんでしょう。では中身ってなんだろう・・・と言った時に考え方だよ、と言われてもピンときません。一生懸命やる、というのは当たり前です。ただ、私の場合、一生懸命やっていても、どうも上手くやれていない感、を持っていたんです。自分が何をしていいのか、わからない、そういう人って少なくないんじゃないかと思います。
 
 
 
具体的に繋がっている「力」をカラダで感じられるようになって、ディズニーのすごさが分かりました。これは違う・・・と。そこにあったのはとにかく思いなんです。誰にでも1万円と言うものさしがあります。損した、得した、というのは自分のものさしでの価値観です。形あるものであれば原材料や手間賃から大体の値段が決まってきます。テーマパークで一日遊んで1万円、というのはまぁ、普通でしょう。

しかし、形のない「思い」というのがあります。
 
 
 
「連鎖」の話にも繋がりますが、嫌なものを見たときには自分の力を「奪われた」という感じがします。逆に奪いに行った時、与えてもらえば元気として力が増えていきます。

例えばテーマパークで働いている人が楽しそうに働いていればこちらにその楽しさが伝わってきます。貰っているんです。でも、「時給」という考えで、ただ、切符を切るだけだよ~と、「役割」だけの仕事をしていればこちらの中に嫌な気持ちが生まれます。奪われちゃうんです。
 
 
 
今の時代は目に見えるものに価値が認められる時代です。同じ時間を働いているのだから、同じ給料を貰う、というのはまぁ、当たり前に思えます。でも、嫌な顔をして働いている人と、楽しそうに働いている人がいれば当然お客さんとの間で交換している力は全然違ってきますよね。

多少のボーナスはあっても、それで給料が何倍にもなるようなシステムはほとんど聞きません。でも、そういうのってあると思うんです。お金を払ってでも、こいつは使いたくない・・・というような人が。
 
 
 
目に見えるものだけを考えてしまうから、一生懸命になれないのかもしれません。でもカラダで感じられる「力」というのを基準にして、笑顔を貰えばうれしい、ブスッとしていたらとられちゃったなぁ、と分かれば、どんどん渡してあげればいいじゃないですか。むしろ、どんどんと渡してあげたくなります。

・・・で、最初の話です。渡した時に喜んでもらってくれればうれしいんです。ちゃんと届いているのですから。だからこそ上手にしっかりと受け止めたいなぁと思ったんです。
 
 
 
昨日の浜松の中日文化センターでは感謝というありがとうの気持ちも自分の力になるんじゃないか?というお話もしました。集中力の話の中での事です。

ココロの力は見えない力です。カラダを動かす事で生まれてくるココロがあります。私は感性を育てない生活を長くおくってきました(笑)。でも、女性は特にその感性というかココロの力を強く持っていると思うんです。ただ、そのココロの力をカラダに力として変換できていないんだろうなぁ、とお話しました。

目に見えない力をお話しするのは「怖い」です。誤解が生まれてしまう時もあるから。それでも、伝えておかなければいけない事です。見えないけど、あるんですから。
 
 
 
うれしかったのは、その話を受け取ってくれた人がいると言う事です。それも何人も。ある女性は昨日の講座に来るのを止めようか、と思っていたそうです。精神的につらかった事が続いていたそうです。自分で鏡をみたら鬼のようだった、と言っていましたからかなり辛かったんでしょう。でも、数日前から責めるだけではなく、相手の事を思って感謝してみようと始めていたらしいんですね。すると、ちょっと「楽」になりだしたそうです。だからこそ昨日の講座で私の話がすごくよくわかる!と笑顔で話してくれました。

自分が渡したもの以上に、喜んでくれたんです。精一杯の感謝の言葉をいただけたわけですが、これが恥ずかしい(笑)。昨日の私はちゃんとそれを受け止めれたのでしょうか(笑)。
 
 
 
上手に受け取り、渡したい、というのはやまやまですが、なかなかそれは上手く出来ません。それでもそういう「力」が元になって、「交換」されていくんだと知っていれば、ちょっと態度が違ってくるかもしれません。

こういうのを価値観がかわる、と言うのかもしれませんね。アタマだけでそれを望んでできる人はいいですが、私には無理でした。でも、「よく動く身体は稽古を通して作る事ができます」。カラダが動くようになってくれば自然とココロの働きにも敏感になってくるみたいです。やっぱりココロとカラダは「同じもの」なんですね。

女性の方であれば、花を見てきれいだな、という感性をカラダで力として表現できるんだ、という事を目標にすると早いかもしれません。そういうお手伝いもしていきたいと思います。
 
 
 
ありがとうございました。

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