2009年のまとめ

こんにちは、山口潤です。今年もいよいよ残すところあと2日になりました。
今年一年の変化を少しまとめてみたいと思います。
改めて毎月書いている小冊子を読み返してみました。自分で書いているものなのですが、誰か別の人が書いているかのような印象を受けました。(笑)

いつもこの小冊子を作る時には無意識の緊張があるんです。書くということにコンプレックスがあるからです。だからこそ出来上がったときには自分ではない自分が言葉を紡ぎだしてくれたような気がしています。その思いが改めて読んだときに新鮮さを感じさせてくれたのかなぁ。

読み返してみると、自分でも忘れていることがたくさんありました(笑)。この1年良く、こんな私についてきていただきました。そのお返しとして今日はこの日記を書きたいと思っています。
 
 
 
今年の初め伝えていたことは手のひらは動くということです。先日、改めてこの使い方を行ってみましたが、不思議と面白い程通用しました。間違っていたわけではないのです。もっと大きく自分のココロとカラダを自由にする方法が見つかっただけなんですね。

例えば、単純に手を掴まれたという状況だけであればその手のひらを細かく動かすように行えばそこから逃げ出すことができます。ただその状況で逃げ出す事ができても、もっと複雑な事象に対しては通用しないかもしれません。

例えば病気です。自分の中に生まれた病気というストレスに対して、手のひらを動かすことだけでは解決しないかもしれないのです。どうすれば自分のココロとカラダを自由にする事ができるのか、それを求めていくのが稽古です。
 
 
 
カラダそのものから始まった今年の稽古ですが、2月は認識のお話をしていました。すっかり忘れていましたけれども(笑)

すべての選択は間違いかもしれない、そんな事言っていたんですね。自分が見ているものをどう認識しているかという事を考え始めていたんです。まさか一年経って、目の前に存在するものが自分の認識の仕方によって、消えてしまう事になるとは思いもよりませんでした。

認識という事を考えはじめた背景には、触覚から視覚への変化があります。眼光紙背という言葉がありますね、何を見ているかという事を教えてくれている言葉なんだとわかりました。
 
 
 
今年の春までの変化は一つの流れを感じさせるようなものがあります。ただそこからは偶然ともいるようなが形で技が変わっています。

浜松の文化センターに通われていた女性の動きがきっかけで、折りたたみという動きを見つけました。それまでの動きは筋肉に頼っていたんだ、という事を実感した動きです。具体的な動きまで書き出すと長くなりますから、詳しくはカラダラボのサイトからダウンロードできる小冊子を見てください。

もしこの女性の動きを見る事がなければ骨の感覚にはまだまだ気づいていなかったかもしれないのです。よく一生懸命に稽古しているから上達しているのですね、と聞かれることがありますが、それは違います。間違いなく、運というモノの方が、大きな要因になっているんです。

甲野先生と出会って14年間探し続けてきたカラダの使い方が筋肉から骨へと大きく変わった瞬間でした。
 
 
 
この骨の術理は回旋するという意識でまた大きく展開する事になりました。コマのように回転するものには勢いというエネルギーがあります。骨を回すように動かす事でカラダの中に勢いが生まれることを実感したのです。

このカラダに生まれた勢いがココロに元気をつくり出してくれることもわかりました。

ココロに元気が生まれるようになって、自分の生活に少し変化が生まれるようになります。驚く事が少なくなったのです。もちろん技の上では毎日が変化であり、驚きがなくなることはありませんでしたが、勢いが日常生活の上で起こる予測と現実のギャップを埋めてくれていることに気づきました。
 
 
 
悩みの元になっているのは、予測と現実とのギャップを埋められないという不安です。ぴったりと予測通りであれば不安は生まれません。ただ実際にはすべてを予測する事など、不可能だという事を私達は知っています。

ギャップが生まれる事を前提に、そのギャップを勢いが埋めてくる事を知っていれば、不安に負ける事も少なくなります。悩みというストレスに対してこの夏の時期にすでに考え始めていたのですね。

ただ、それまでのカラダに対するアプローチとは違っていたので、言葉にするのは少し戸惑いもありました。それでもカラダの中に生まれた感覚として、自分の中に大きな問題となったのです。だからこそ、ストレスというものに対する対処法を展開させていことができたのだと思います。
 
 
 
この勢いの術理は私の中でも非常に完成度が高く、しばらくはこの骨を意識するような稽古は続くかと思っていましたが、またまた偶然のきっかけにより方向を変える事になりました。

稽古仲間からの1冊の本がそのきっかけです。宇野千代という方が中村天風さんという人を紹介した本でした。実は私が知らないだけで非常に有名な方だったのですが、出会うという事の大切さを改めて知る出来事でした。

その後、中村天風さんに関する沢山の本をかき集めて読み込みましたが、非常に重要な事が沢山書かれてありました。内容的には現代でもブームとなっている自己啓発的な事が多いのですが、知識として頭に入れるだけではなく、具体的にカラダを使え、という事を教えられているような気がしました。
 
 
 
私達は毎日沢山の知識を詰め込んでいます。その知識を生かすのも殺すのもカラダ次第だとすると、今後ますます武術のようなカラダに対するアプローチのし方を稽古する必要がありますね。そのお手伝いをこれからもしっかりとやっていきたいと思っています。
 
 
 
すいません。さすがに長くなってしまいました。でも今年の総決算です。もうしばらくおつき合いください。
 
 
 
認識という事が今年の大きなキーワードになっています。自分のカラダが固体なのか気体なのかという事を考え始めたのもこの時期です。

改めて言葉にしてみても変な事を言っているなと感じます。それでも手を合わせて感覚として受け取ってみると、そのやわらかさの違いがはっきりとわかるはずです。

書いてある事がわからなくても構いません(笑)。今自分が感じている世界が全てではなく、まだまだ自由を感じられる世界があるとわかればいいのです。
 
 
 
最近嬉しい言葉をいただきました。この頃、講座の定員が一杯になり受講できなかった方がいます。その方は大きな悩みを持っておられたのですが、私の講座をきっかけにして気持ちが楽になったと言っていただきました。

いつ始めても構わないんです。とにかく自分がどう成長できるかという事を求め続けているのですから。

この夏私は気体になりました(笑)。風のようにいろいろなものに影響受けている自分を感じたのです。その軽さのおかげだと思いたいのですが、自分の中にある興味という無意識に気づく事ができました。

興味とは誰でも持っている無意識の力です。難しい教科書を読むよりも、大好きな趣味の本を読むほうがどんどんアタマに入っていきますよね。そんな力のことです。具体的には木の棒や板を使い自分の無意識を丁寧に感じて行きました。
 
 
 
これ、面白いんです、すごく。理屈が分かれば不思議でもないのですが、なんでだろう・・・とつい、考えてしまいます。そういう不思議さが自分の中にあるんですよね。

自分に合う服、靴、アクセサリ、化粧品なんかもいいかもしれません、カラダがそれを教えてくれるのです。このお話であれば、今の術理とは別に時間を取って講座を開いてもいいくらいです。自分の頭だけではなくカラダが何がを求めているという事を実感していた方が今後の稽古にも、役立つと思います。
 
 
 
そして興味という無意識に注目をして稽古をすることによって、それまでの稽古の方向性が全く変わってしまったのです。

これまで、僕の稽古は自分のカラダがどうなっているんだろう・・・、と内へ内へと掘り下げていく稽古でした。その過程で今年の初めは手のひら、という末端部分に気づいていき、そこから骨という実際にカラダの内面へと入っていくことが出来たのです。

それに対して、興味という無意識は主に外へと向かうものです。もちろん、自分の内面への興味と言うのも存在しますが、やはり自分の外にある環境の影響の方が大きいみたいです。単純に暑い、寒いという力もカラダに影響が現れています。

その自分の外にある環境をどう認識するかによって、興味の方向が決まるのです。嫌なものとして外をみるのか、大好きなものとして見るのかでは全く違いますよね。
 
 
 
自分の経験で考えてみてください。同じ仕事であっても、楽しくする人、愚痴を言いながら仕事する人、いろいろいませんか?同じ人を見たとしても、自分の印象と、他の人が持っている印象とは違っていて当然です。

その興味を先入観と言うのかもしれません。先入観を消すことは難しいですが、自分のカラダが気持ちよく動いていくようにすることが出来ればいいですよね。

現実の世界、日常生活の場面でそれを稽古するのはつらい事かもしれませんが、稽古を通してならば、何度でも失敗をして、研究を重ねることが出来ます。むしろ、たくさんの失敗を経て、カラダに経験をさせることが大切なぐらいです。

認識を間違えると言うことはシャツのボタンを掛け違える事に似ています。最初のひとつを間違えてしまえば、その後、わざわざそれをなおす必要がありますよね。でも、最初から、そこに問題を作らないようにできれば、その後、わざわざ動く必要がなくなります。
 
 
 
自分とは何者なんだろう・・・。これが今の僕の最大の問題です。これまで自分だと思って探してきたこのカラダは実は空っぽかもしれない、そう考え始めています。このカラダを意識しすぎるからこそ、相手と衝突している気がします。

とはいえ、このカラダを捨てることなどできません。自分のカラダがなぜ存在しているのか・・・そんな事を考えています。

実はこの話しを今日、幼馴染に話しました。普段稽古とは縁のない友達です。結果はと言うと・・・怒り出しました(笑)。めんどくさい~って。そんな事考えなくてもいいじゃん、そう言ってました。

そうかもしれません。知らなくてもいいことなのかもしれません。それでも、自分の事がもっと知りたくなってしまったから後には戻れません。自分の経験を喜んでくれる人がこんなにもたくさんいる事が分かったんですから。
 
 
 
修行は苦しいのか?

違います、すっごく、楽しいです。
でも、これをつらい、大変だ、という人もいるかもしれません。
これこそが認識なんだと思います。

今の自分にとってつらい事がある人は分かると思いますが、とにかくそこから一分一秒でも早く抜け出したいと思っているはずです。そのための方法の一つに「カラダからみる自分」と言うのがあるよ、と覚えて置いてください。そして、困っている友達がいるのならば、「カラダ」の事を教えてあげてください。今の時代に足らないものの一つだと思います。

来年はもっともっと大きな変化がありそうです。
それを不安に思うのか、楽しみに思うのか・・・これも認識ですね、みんなはどっちなんだろう?

山口 潤

jun@karadalab.com

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