時間とはカラダのことではないだろうか?

こんにちは、山口潤です。
今日は成人式でしたね。新しく大人への仲間入りを果たした人たちが大勢いる反面、僕自身はどうしても自分の事を「大人」とは思えなくて困っています(笑)。甘えているんだと思いますが、自分が考える「大人」のレベルまでまだまだ遠くかけ離れているような気がするんです。

さて、新成人の人たちは生まれてから「20年」という時を過ごし、大人になりました。この新成人の中で、自分だけ時間が遅くってまだ、10歳、という人はいないわけです。私たちに与えられている時間、一分、一秒は同じものとして扱われています。今日はこの「時間」について今現在の解釈でお話をしたいと思います。

結論から言えば、「時間とはカラダではないか?」という事です。

また、なにか勝手な事を言っている・・・という声が聞こえてきそうですが、止めません(笑)。昨日今日、という話ではなく、そう直感したのは去年の夏前、ちょうど「骨」を意識して動いていた頃です。骨が廻るように動く感覚が地球が自転をしているようなものと重なる感じがしたんです。止まることなく、カラダは動き続けている、という実感が時間と組み合わさったわけです。

以来、なにかを考える時には「カラダ=時間」という意識で考えていたのですが、どんどんとその直感を受け入れるような納得が積み重なっていったわけです。勝手な解釈によってですが(笑)。

勝手な解釈ではありますが、なかなか普通、自分たちの周りにある「時間」という存在を考える事はありません。時間に振り回される事はあっても、その時間をどう生かしていこうか、とは出来ないものです。もちろん、未来を予定して、しっかりとスケジュールを作り上げられる人はいるでしょう。今日お話しする時間とは未来ではなく、「今」です。今、この瞬間をどう扱えば充実した時間にする事が出来るかを考えているのです。

時間は誰にでも平等に与えられているからこそ、その時間の有効的な活用法を知っておくのと、知らないのとでは、この先何十年生きようとも、その密度が全く違ってきます。僕の周りにも大切な人が何人もいます。技自体は出来ても出来なくても全然構いませんが、自分の人生という時間を充実させるための考え方があるよ、というのは何とか伝えて行きたいと思っています。それが聞いてくれなくてもです(笑)。根気よく、何度も、繰り返して、時間の大切さと、扱えると言う事を続けていきます。あっ、もちろんこのブログを呼んでいただいているあなたにもです。
 
 
 
さて、自転を通してカラダが時間かもしれない、と思ったのですが、今年に入り、またその思いを強くしました。時間は誰にとっても平等、そしてカラダも同じように平等に持っています。能力の話では無いですよ、「存在」している、という事です。

ちなみにココロは空間、環境だと思っています。自転に対して公転。周りにある様々な人やモノ、興味に影響をされながら、自分の人生を生きている、と思ったんです。そして、時間、つまりカラダが平等に存在しているのに対して、私たち、一人一人は生きているその環境はみんなバラバラですよね。

環境もバラバラなら、そこから受け取ったココロもバラバラです。今、僕がなにを悩み、なにを楽しんでいるかというココロはおそらく見えません(よね?)。でも、カラダをみたならば、楽しんでいるのか、悩んでいるのか、というのをみる事ができる人は多いはずです。つい先日までは歯の痛さに悩み、顔を歪ませていましたし(笑)。

ココロとカラダは一つのはずなのに、その形はバラバラであり、固有なのです。矛盾していますが、この矛盾が人を不思議に、楽しくしていると思うと、矛盾を矛盾のまま受け入れる器を作り上げたい気持ちでいっぱいになります。僕の場合、それが身体操法なんです。実技だけではなく、説明が多くなるのも、そういう理由があるからです。
 
 
 
話を戻します(笑)。今日は複雑になりそうなので、まず先に、謝っておきます。わかりにくければまた違った角度でお話をしていきますからね。
 
 
 
この平等に与えられている時間ですが、固有、といいつつ、人それぞれ、その時間が伸び縮みしていると言う事も経験的に知っているはずです。

ただ惰性のまま、やらなくてはいけないような時の時間は長く、退屈に感じます。逆に、待ちに待った好きなことに向き合えている時間はあっという間に「過ぎています」。時間の長さを感じる余裕もありません。同じ1時間であっても、伸び縮みした1時間が存在してるわけです。

知識ではわかっているんです。1時間という時間を。でも、実際にはその1時間を私たちのカラダとココロはどうも、違った1時間として受け取っている気がします。

そして、ようやく「時間=カラダ」という考え方にやってきました。時間を短く感じられる時というのは自分にとって好きな事をしている時です。逆に長く感じるときは自分にとって嫌な事、つまりストレスを受け取ってしまっている時です。

好きな事をして、楽しくなっている時、カラダは必ず、伸び伸びとリラックスをして元気が全身にみなぎっている状態になっています。その原因となっているココロの形はわかりませんが、外に現れるカラダの形は間違いなく、元気のいいカラダ、つまりよく動くカラダになっているわけです。

気持ちよくカラダが動くようになっている時間は濃いですよね。濃い時間がそこに存在しています。その濃さにあわせて、自分のカラダもギュッと意識の密度が高まっているように感じるのです。
 
 
 
もちろん、このよく動くカラダで技を行えば、よく決まるんです。ただ、痛いから技が決まる、というレベルではなく、質的に相手の中に変化が生まれ、結果として崩れていくようになります。この辺りの感覚は実際に技を受けてみないとわかりにくいですが、仕方ありません。興味がある人はぜひ、講座や稽古にいらしてくださいませ。

この時、技をかける側はよく動くカラダ、そして濃い時間、つまり充実した時間を過ごしています。その濃さが相手にも感覚的に映るからこそ、崩れていくのです。なぜ崩れていくのか・・・これは仮説ですが、それまで体験したことの無い感覚が自分のカラダに生まれてしまい、それを把握するのが出来ないからじゃないからだと思うんです。時間でいえば、意識したことの無いほど濃い時間に戸惑ってしまい、アタマがパニックを起こし、思考停止、つまりカラダも止めてしまったのではないかと思います。

ここで言いたいのは、崩され、投げられてはいますが、その瞬間にはカラダは濃い時間、そしてよく動くカラダの感覚を共有している、と言う事です。ただ、アタマがそれについて行けてないだけなのです。どんなにそこで驚いたとしても、稽古ですから何度でも、その感覚を繰り返し、試す事が出来ます。驚くよりも、じっくりと自分のカラダがどう崩されていくのかをみていけば、絶対にその「違い」はわかりますから。

ただ、感覚を感覚で伝えていますので、どうしても、手を合わせなければいけません。カラダラボの講座が少人数で行うことが多いのも、そんな理由からです。一気に何百人、何千人へと、伝えられればいいのですけどね。
 
 
 
このカラダが受け取った気持ちのいい動き方、つまり自分がこれまで知らなかった時間に価値をおければ、その時に技が出来なくても構わないわけです。出来たからこそ、そこに価値が生まれる、というのはアタマの問題です。わからないから不安になる、というよりも、知らないからこそ、今この瞬間を未体験を味わっている、と楽しまなくてはいけないのです。

稽古の時には気持ちよく、楽しかった気分も、家に帰ると出来ない自分にがっかりする人が多いです。これは答えの出せていない、「わからない時間」に価値がおけずに、技が出来たかどうかで考えてしまっているからですね。

とはいえ、いきなり自分の価値観を変えられるほどアタマが柔らかい人はそれほど多くありません。合宿のように一気に濃い時間を共有できれば変わる事も難しく無いかもしれませんが、月に一度の稽古や講座であれば、稽古の時に濃い時間を味わうことができたとしても、家に帰ってまたこれまでと同じ生活、つまり同じ密度の時間を過ごすようになれば、またいつのまにか元に戻ってしまいます。

ここで、アタマの出番ですからね。つまり、そういうものなのです。変わったとしても、カラダやココロはアタマに導かれるように、また戻っていってしまうんです。それでもカラダを信じてあげれば、必ず、自信を持てる充実した時間を過ごす事が出来ます。何度失敗して、戻っていっても構わないんです。死ぬまでは私たちのこのカラダは動き続けますし、時間も流れてくるのですから。

楽しかった時間、自分の未来をワクワクして期待できる時間を味わいたくなった時に力になれればうれしいです!
 
 
 
こんな事を考えていて、ひとつ大きな事に気づきました。これまで、カラダラボの稽古、講座を通じて、「なにを」商品として渡しているのかよくわからなかったんです。介護やスポーツ、武術や健康など、どこかに特化されている講座では無いからです。幸せになる方法、というのも漠然としすぎて、よくわかりませんよね。保証も無いですから(笑)。

でも、わかったんです。「時間」を渡しているんだと。ただの時間ではありません。それまであなたが経験をしたことの無い、「濃い時間」を渡しているんだなぁ、って。自分の中にまだまだたくさんの可能性があって、そこからなにか新しいものがどんどんと生まれてくるような感覚を「崩される時」「投げられる時」に感じてもらえるはずです。よくわからないけど、崩れていた、というのはそんな気がします。

長くなりすぎてしまいました。続きはまた次回。もう少し、お話は続きます。
ありがとうございました。

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