【思考実験】自分は大丈夫だった・・・

ふと、全ての技は自分は困っていない、という事に気づくためにあるんだなぁ、と思った。新しく、技や術に気づいてはそれに飽き、また新たな自分を追い求めているけど、それは全部、足らない自分を埋める作業ではなく、それまでの自分でもよかった事を教えてくれていた。
 
安心安全な時代になって(ちょっと、不安が拡がっているけど・・・)、自分の内面を見つめなくても生活でき、生きていく事が出来るようになった。一番見やすい感情は欲なのかもしれない。
 
欲を中心に見ていくと、どうしても、誰かにはあって、自分に無いものが見えてくる。足りていない自分だ。この足りていないものを世界はどんどん埋めるようにして成長してきている。ニッチなところを狙え、というが、すごい!良く名づけたもんだなぁと思う。
 
でも、いくら埋めてもきっと埋まらない。もしかしたら宇宙を星で埋め尽くすような作業かもしれない。まぁ、だからこそ、仕事は続く、チャンスは誰にでも、と考えられるかもしれないけど。
 
でも、自分が幸せ感、充実感をもって、今を生きるには足りていないものを埋めるのはものすごくツライし、遠く思えてならない。この空虚さを武術は身体と心を動かす事で教えてくれる。大丈夫、心配しなくても良かったんだよ・・・と。
 
思えば、大丈夫、といってくれる人はたくさんいた。
でも、なぜか、そう思えない自分が出来上がっていた。
 
新しく気づくたびに、あぁ、遠回りだったなぁ・・・と思う。でも、同時に自分には必要な遠回りだったなぁ、とも感じる。なにか気づいたときにはものすごく、幸せだから。
 
特に、肘先を膝先があるから、不自由を感じるんだ、と気づいたのが大きかった。自分の欲から生まれるうまく行かないだろう、という予感は肘先、膝先があるからこそ生じてくるのだ。いらない、といってもあるものはある。でもそれは同時に、自由な面を持っているという事への気づきだった。ほんとに、ちょっとした実感で世界はどんどん変わっていく。ホントに。どうすればもっと伝わるだろう・・・。楽しく考える事にする(笑)。

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