【稽古報告】2012/1/15 完璧な状況を見る

前回、「指先をそれぞれ、持ち場所につけておくと、悩みや迷いが消える」という事についてお話を始めましたが、伝えたい事の最後までたどり着くことなく、終えてしまいました。
実は、もうちょっと、役に立ちそうな考え方につながっているんです。
脳と指との間に関係がありそうだ、という事で、それぞれの指に仕事を与え、アクシデントに遭遇した際に指が動かないようにしておくと、身体に任せることができる、というお話をしました。
これは自分の内側に意識を持っていったときに気づく心の変化をあらわしています。
その心の変化を抑えるために「指」という自分の体そのものを使ったわけです。
どんな状況に遭っても、自分の体を整えたら、なんとかなる。この思いが、武術の場面では助けになります。
誰にも助けてもらえない場面だってありますからね。
逆にいえば、どんなに恵まれているように見える状況であっても、自分の体が迷い、混乱し、悩んでいるような状態では力が出せない、という事です。
 
・・・と、こんなところまでは前回、説明したと思っています。
今日はその次の展開です。
 
 
 
身体が内側としますよね。
では、外側ってなんでしょう?
 
 
それを自分以外のモノやヒトと考えて見ました。
私たちはたくさんのモノやヒトに囲まれて暮らしています。
それら「すべて」を自分の一部と考えてみました。
切り絵みたいな感じだと思ってくれるといいかと思います。
自分を説明するのに、名前、生年月日、慎重、体重・・・というのが内側の情報。
それに対してその内側以外の情報が外側です。
その外側がパズルのようにはまっていけば、ちょうど、内側の情報だけがぽっかりと穴があき、ヒトとナリが見えてくるはずです。
むしろ、外側の情報のほうがその人の事をよくあらわしているかもしれませんね。
 
 
 
さて、外側をどうすれば、コブシを丁寧に握った時に生まれてきた安心感のある状態にいけるのでしょうか?
 
考え方は同じです。
いや、同じ考え方をしてみたら、ふっと、心の中に安心が生まれてきたんです。
もちろん、これも、主観。
しかし、自分自身で出した答えです。
今まで、そうかもしれないなぁ・・・とグレーだったものに、自分の中で白黒はっきりしたわけですから、うれしいです。
 
手を握るという動作。
これを「一つ」として考えるのではなく、「三つ」に分けて、それぞれをちゃんと適材適所、仕事を与える事によって、頭に「やりきってる!」という事を与えました。
結果的に「どうなっても」、頭は出し切っていることで、後悔しなくても済むようになります。
では、外側と照らし合わせながら考えます。
手を握る動作、というのは外側で言えば、その瞬間の「状況」と言えます。
自分の意思で握るのが内側。
自分の意思とは別に色々な偶然が重なり合って、その場を形成するのが外側です。
では小指、人差し指、親指のそれぞれの指はどんな役目を追うか考えて見ましょう。
外側で言えば、その「状況」を構成するモノやヒトでしょうか。
その状況を構成する登場人物がそれぞれの指と同じ役割とすると、その登場人物が適材適所でなんの不満もなくいるとしたらどうでしょう?
その後、どんな結果になっとしても、後悔しなくてもいいんだ、それを確信しました。
 
 
 
ただ、問題は「そう見えない」という事です。
この世は奇蹟、偶然なんかない、と言うのは簡単です。
でも、口先だけでは・・・ねぇ。
そこで、「武術」なんです。
武術はその瞬間の自分の見方がどれだけ愚かなのかを教えてくれます(笑)。
これまでの稽古で分かった事は、どれだけ、「ダメ」「絶望」に見える状況でも、必ず、そこから抜け出せる方法が残されている、という事でした。
昨年、こんな状況から抜け出せるようになりました。
馬乗りから首押さえられたり、片腕を両手で押さえつけられても、逃げ出せるとは夢にも思いませんでした。
K1
K2
K3
U1
U2
甲野先生に出会う前は向かい合って、抑えられた片手を上げる事すらできなかったのに・・・です。
 
 
 
できる事、できない事ってのは、その時の気持ちによって、全く違ってきます。
飛行機が初めて飛んだのが、1903年。もちろん、ライト兄弟です。
当時、ヒトが作ったものは飛ばない、といわれていたそうです。
しかし、どうでしょう。
一度飛んでしまえば、ヒトの意識は変わります。
気がつけば、どんどん飛行機は進化していき、宇宙にまで飛び出せるようになってしまいました。
たった、数十年でです・・・。
 
 
 
長くなってしまって申し訳ないです。
伝えたいのは、自分の今、見ているものがすべてではない、という事です。
今、こうしている間にも、誰かがこれまでの常識を壊そうと、人知れず、努力、研究をしているのでしょう。
その研究が形になって、商品になった時、私たちは驚きを持って、それを受け入れます。
そして、いつのまにか、その世紀の発明も「当たり前」になってしまうのです。
 
 
 
飛行機、自動車、電気、家電、コンピューター、携帯電話、インターネット・・・。
信じられないものが当たり前になっている事をもっと、不思議に思っていいんじゃないかなぁ。
 
 
 
人の見方もそう。
その瞬間、自分にとって、嫌な状況であっても、それが本当に「ダメ」な状況かはわかりません。
どんなに不幸に思える境遇に置かれていても、それがその人に影響を与え、その後の人生を作っているかも知れませんし。
私自身、今、この仕事を始める事ができたのは、ちょっとしたケガで手が挙がらなくなったから。
幸い、1ヶ月ほどで回復しましたが、このまま上がらなければ、この会社で働いていけない、そう考えたりもしました。
そこで、どうせなら、自分のやりたい事をやろう!と、未熟ながらも、身体と心の不思議さと楽しさを伝える事を仕事にしようと決めたんです。
まさに、ケガが背中をポンッと押してくれました。
 
 
 
なにも考えない、という境地があるかもしれません。
しかし、どうせ、つい、考えちゃうんです。
その時の見方が嫌なものであれば、変えてみる力を追ってみてもいいんじゃないかなぁ、と思います。
自分以外のものを否定して、変えていくのも一つの方法です。
これまでの社会は誰でも平和で幸せに暮らしていけるように、機械をつくり、サービスを発展させてきました。
人がやらなくてはいけない縛りもどんどんとって、「自由」を作り出してきました。
しかし、同時にそれは、「自分で見方を変える強さ」を失わせてしまった様な気がします。
 
 
 
まぁ、なんだか、言葉にすると、元気出せよっていう自己啓発系の言葉になってなんだかなぁ、と思いますが、自分が信じたい言葉を身体を通して本物だ、と感じられるようになるのが武術です。
自分が信じたいことがある、という人はもう一歩研究、努力を進めて、確信に育て上げてみてください。
 
 
 
もうちょっと、生活への応用編は続きます。
読んで頂き、ありがとうございます。

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