四年以内にくるらしい地震が持ってくる不安

二月に入りました。
噂は噂、余分の話は聞くまい、と思いつつも、情報はドンドン目から、耳から、入ってきます。
一説によれば、私達が一日に得る情報は江戸の時代を生きた人の一生分、といわれているそうです。
すごい!
で、その噂ですが、この1月から2月にかけて、また、大きな地震がくるのではないか?と聞こえてきます。
怪しげな情報であれば、そうそう、振り回されませんが、テレビ、ラジオ、新聞、地震研究機関の発表となると、もしかしたら…と真実味が増えてきます。
 
 
 
ん、ちょっとまてよ?
今、感じているこの「不安」はなんだ?
果たして、不安しかつくれないのだろうか?
そんな事を「身体の感覚」と合わせて考えてみます。
なぜ、不安が生まれるのか?
究極的には死ぬのが怖いからなのかもしれません。
でも、死なないとしたら?
災害にあう確率、事故にあう確率、そんな確率は微々たるものじゃないかな?
昨年の地震でも、助かっている人の方がはるかに多い。
だとすれば、死ぬ不安はなくなるかもしれない。
 
 
 
では、なんだろう?
今持っているものを失う不安だろうか?
家、食事、健康、車、お金…そういうものを失う不安だろうか?
友達や家族も大切なもの。その大切なものを失うと考えたりすれば、やはり、不安にもなる。
でも、これも、まだ、そうとは決まっていないこと。
決まってもいない事を、今から不安に思い、考え、落ち込んだとすれば、それは、取り越し苦労。あまり、役に立つとは思えない。
 
 
 
色々と考えているうちに、武術的思考法とは、今の時代にぴったりな考え方だな、と思った。
なぜなら、不安なところをスタート地点にかんがえられるから。
あれがあったら楽しい、これがあったら楽しい、娯楽って楽しいところから始めるものだ。スポーツも近年では、相手を調べ上げ、自分にとって、より、有利な状況を作り、戦う事のほうが重要。
でも、これは、今の時代のように、明るさよりも不安の方が多いときにはあまり、役に立たない。特に、自分のように、つい、自虐的になってしまう性格の奴には(笑)
 
 
 
 
それでも、今、不安がきても、なんとなく、まあ、大丈夫、これをバネにして、なにが出来るんだろうと考えられるようになったのは、これまでの稽古のおかげというしかない。
武術(というよりは、甲野先生が、だけど)の研究稽古はひたすら、捨てにいく稽古。どれだけ、重要に思えるものをみつけたとしても、次の瞬間、感ずるものがあれば、遠慮なく、捨てる。
失う怖さを手放させてくれるのだ。
これは、技術というよりも、習慣なのかもしれない。
奥義を教えてもらってありがとう、というのではなく、稽古を続ける事、そういう考え方をする人を間近で感じ、供にすることで、優柔不断、自虐的な人間でも、前にドンドン進んでいく力を身につけられるのだ。
 
 
 
証拠は俺(笑)。
やっぱり体を通して、自分自身の持っているものを認識し、感性を高めていくしかないと思う。
これまでは、楽しさを与えてもらうだけで、充分楽しく明るくいけた時代だ。
私の年代はちょうど、ゲームやマンガの文化が爆発した時代。
週刊マンガなんか、600万部とか出てたもんなぁ

でも、だんだんとそういう、与えてもらう楽しみは、間に合わなくなる。楽しさを見つける力も必要なんだと思う。
探そう!と決めて、毎日を過ごしてみると、信じられないぐらい、予想不可能な楽しい事がたくさんあるのに気づく。
なんとなく、感じた事を書き連ねました。
グダグダですね(笑)

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