【稽古日誌】足指に引かれて歩く術理

昨日書きそびれた「足の指に引かれるように歩く」術理について今日は書きます。
肘から先を切り離し、手首を起こす事で、指先の動きが自由となって、身体全体をコントロールできるようになります。
 
いや、コントロールって言うと、ちょっとニュアンスが変わります。
手首が自由になってどこへにもいける感じが生まれる事で、自然と大きな体幹部まで引き連れていってくれるようになるんです。
 
変なたとえですが、親(体幹部)は子供(手)が自由になる事によって、まるで、自分の事の様にうれしくなるって感じです。腕と身体に親子の関係を見て取ると稽古しやすいと思います。
 
 
 
そこで、手にあるのであれば、足にもあって良いだろう、と考えました。
思いついたのは手が自由になって、すぐでしたが、なかなか手のようには自由になれません。
なぜかと言えば、足はすでに、身体を支える役目を「いつも」持っているからです。
手のように、やる事がない時には自由にして良いのではなく、「常に」身体を支えなくてはいけません。
 
その足指を意識してなにかをしようとした瞬間、身体のバランスが崩れます。
二本足で立っていたのが一本になるのですから、当然です。
 
 
 
気づきはいつも、突然、やってきます。
手指に任せる事に気づいてから一週間後、先日の金曜日、買い物の最中、ふと、足親指がぐいっ、と上がっているのを感じました。
この親指はその瞬間、重さを支える役目から離れているのに気づいたんです。
フリーなんですね。
 
 
きっと、それまでも親指は自由だったはずです。
考えてみれば、親指にだけ力が入り続けることって無いですし、足親指の付け根は地面とぶつかっていても、親指の先は浮いていますからね。
ずっと自由だったにもかかわらず、ずっと、サボっていたんです。
いや、大変だ、と思い込んで「足グループ」の中にいたものの、やれる仕事が無くって腐っていた感じです(笑)。
 
 
 
だんだん、身体が擬人化してきました(笑)。
まぁ、自分の身体ですから、たのしく、過ごすには良いでしょう。
 
 
そこで、親指の先を意識して、その一点に引かれるように歩いて見ると、身体がふわっと浮く感じがあるんです。
 
バナナを踏んで、つるっと滑るとこんな感じかもしれません。
しかし、バナナを踏んで転んだ事もないですが、転んでいる人を見たこともありません(笑)
それでも、感覚は想像できます。
踏みしめ、蹴ることなく、足がすっと、出て行くのです。
 
手指の時と同じように、手先が先に行くと、自然と体幹部が引きつられていきます。
この足指もすっと、動く事で、体幹部が移動するんです。
 
 
 
気がついてみれば、いつでもどこでも、意識して動く事ができるメリットがある事が分かりました。
 
手指の自由さを感じた時、体幹部から動きを始めるのではなく、とにかく手が蝶々になったかのように、勝手に動いて欲しいと願い、そうさせていました。
しかし、これは、いかにもおかしい。不審者です(笑)。
踊りの似合う状況でなら、ほめられる事も、街のコンビニでそれを行うには勇気がいります。
まぁ、私は平気ですけど(笑)。
 
必然的に、練習量を積み重ねる事が難しくなります。
 
 
 
しかし、足指は常に歩きます。
コンビニに行くのも、アクセルを踏むのも、講座に出かける時にも足は動きます。
常に、「同じように」足を使う事ができるのです。
 
相手が刀を振り下ろしてくる状況と、コンビニの自動ドアをくぐる動きが同じなんです。
足指の感覚さえ確かめる事ができれば、あとはもう、時間が味方になってくれます。
 
 
 
世の中には自然という大きな働きが存在しています。
機械を進化させる事で、時間や空間を私たち人間は縮めたり、伸ばしたりしてきました。
上手に使える人とそうでない人がいますが、戦って勝てるものではありません。
時間を味方にする事を背骨の流れに教えてもらいました。
空間を味方にする事は肘の自由さに教えてもらいました。
そして、もう一つ、指先に教えてもらっているのは運命。
自分の運命にあたるものが指先かもしれない、なんて、頭の中のワクワクは広がっています。
 
 
 
稽古の時間は長くても数時間、文化センターでは90分のところもあります。
どうしても、「動き」の説明と体験に時間を費やす事になりますが、その動きの奥にある感覚からもらえる発想は波動、時間、空間、運命・・・なんて、誰もが心の奥に持っている好奇心とつながっています。
 
 
 
もし興味があるなら、ぜひ、一緒に、それらを追い求めましょうね。
カラダラボの講座は「自由」です。
カリキュラムはありません。
なにをしてもいいんです。
今、その瞬間、自分が問いたい事を問い、向き合うことで、その情熱が周りの人にも伝播していきます。
まさに、これが波動なんですが、ついつい、人から、指示をもらいたくなってしまうんですね。
 
 
 
甲野先生は「自分」とはなんだろう?という問いに向き合う事の楽しさを教えてくれました。
たくさんの人が「答え」を大声で叫ぶ中で、ひたすら、答えを探す姿勢を見せてくれました。
自分がまだまだ「途中」である事を見せてくれたのです。
 
その姿にきっと、私の心が揺れたんだと思います。
完成していなくてもいい、途中でもいいんだ、と言葉にはされていないと思いますが、勝手に、私は受け取りました。
 
 
 
この楽しさであれば、一生楽しく生きていけるかもしれない、と思い、今こうして、手を取り合って、感覚を受け渡す仕事をさせてもらっています。
古武術の可能性はそのまま、人の、あなたの可能性です。
前にも書きましたが、私は本当に、ずっと、ネガティブで自分に対してほめて上げられるような事は何一つ、ありませんでした。
しかし、はしごの上り方を教えてもらった事で、ちょっと、成長する楽しさを知ったのです。
誰かにほめてもらうことよりも、確実に自分の中に見える成長が力になりました。
 
時間はかかりましたが、まだ、死なないですし、これからまた、人の寿命はどんどん長くなっていくはずです。
ぜひ、楽しさを待つ受身の姿勢ではなく、自分にとって、本当の楽しさ、幸せってなんだろう?と問いかけてみてください。
 
 
 
 
今日も、ありがとうございました。
お返事もなかなかかけなくてすいません。
感謝しています。
 
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