【稽古日誌】引きこもりの拳

土曜日の練習は名古屋での大人の武道塾。
午前中、イオン大垣内にある岐阜新聞カルチャーセンターで講座を終えてから、名古屋の道場へ。
 
毎回大人の武道塾は数名で行っているので、一通り、今、自分が考えていることを伝えた後は、各自、自分の興味の向くまま、研究稽古をしてくれます。
この自発的に稽古をしたくなるかどうかで、その後の自分の動きの変化が違ってくるんです。
 
世の中にはボクシングのトレーナーやスポーツのコーチのように、自分は動けないけど、m指導をすること上手、という人がいます。
子供の頃からの勉強の仕方もあって、私たち日本人は自発的に工夫をするよりも、指示を受け、努力を積み重ねる方が慣れているかもしれません。
 
もちろん、この努力は大切です。
でも、いつか現れる「壁」を乗り越えることができないんです。
 
そして受験やルールのあるスポーツのように、限定された世界だけで結果を出すのであればトレーナーとの二人三脚もアリだと思うけど、私が武術に求めているもの、そして伝えたいことは自分の中にあるすごいモノを感じることだもん。
いつかくる独り立ちの時に自信をもって生きていくために稽古をするんです。
 
 
 
私もなんだかんだいっても少林寺拳法をもう、40年近くやっています。
技を見せれば、その技をしらない人からすれば、当然、上手、と言われたりします。でも、違うんです。
自分の中には常に越えられない壁を持っているんです。
 
なんとなく、武道界には自分の出来ない部分を隠し続ける、って雰囲気があります。
いや、武道の世界というよりも、スポーツ化された世界には、なのかもしれません。
勝負を一番に目的をおいてみれば、当然、自分の苦手な部分って隠しますもんね。
 
でも、それでは、いつまでたっても、自分の中の苦手感、ってなくなりませんし、いつか、上達が止まってしまいます。
大人の武道塾は自分の苦手なところを一番に伝え、抑えてもらい、乗り越えていく稽古がなにより楽しい場所なんです。
 
 
 
そのためには参加してくれる人の中に上下関係があってはいけません。
失敗をおそれるような雰囲気もいりません。
むしろ、私は失敗できる技と状況を求めて稽古しているようなものです。
 
このとにかく、自由でルールのない稽古は私が甲野先生に出会い、教えてもらった稽古の場そのものです。
もっと、具体的に一つのコツに特化して伝えた方がおもしろさもつたわるかもしれません。
でも、やりません。もちろん、この先の事はわかりませんけど。
 
とにかく、自分の身体を意識して、新しい感覚に気づいてみるとそれまで見えてこなかったものが見えてくるんです。
そうして、いったん見えてしまったものは決してなくなりません。
だからこそ、動きの変わった人は、いつでも、技をかけることが出来るようになるし、変化のない人は、いつも、技をかけられてしまうようになるんです。
 
今日はコンディションがわるいですから、ってのは全くなくなります。
 
 
 
あっ、そうか、だから、甲野先生は自分にはスランプがない、と言われるのかもしれません。
普通のスポーツ選手であれば、誰しも、かならず、自分のコンディションがある、と思っています。そしてそのコンディションに併せてスランプになったりするものです。
 
でも、武術ですからね。
今日は調子が悪いから・・・なんていいわけができる場面で稽古しているわけではないもん。
常に、自分の持っているモノをひたすら信じ、表現する事が大切なんです。
 
 
 
文化センターには文化センターの良さがあります。
研究稽古には研究稽古の良さがあります。
ともに、自分という存在を見ていくためにあればいいなぁ、と思って活動しています。
 
人間の身体ってすごいです。
もちろん、心も繊細ですごいです。ただ、心は見えないもんね。
でも、身体は感覚を通して共有できるんです。
頭でっかちになりすぎて疲れちゃったなぁ、って人には一度、体験してもらいたいと思っています。
ぜひ、どうぞ。
 
 
 
さて、この日の大人の武道塾。
めずらしく、男性がそろって、武術らしい研究ができました。
座り相撲や袈裟固め、柾目返しも力一杯抑えてもらって新しい使い方もみつかりました。
 
拳の一点に入り込むと太刀を交わせるほどの速さと軽やかさがでる、とはこれまでお話ししてきたとおりです。
ハサミの原理で大切だと言ってきた「連動」は拳の原理にはありません。
これを親からみて、子供と孫の違いで説明してますが、苦労してます(笑)。
 
兄弟は気になるけど、いとこになると、すこし遠いでしょ、そんな感じなんです(笑)。
 
 
 
とにかく、両手があるのに、一つしか使えないんです。
いや、これをダメだとは全然、思っていませんでした。まだ、生まれたばかりの術理ですし、一つの拳を動かすだけでも、十分すぎるほどの結果を出してきますから。
 
ただ、今日の稽古の相手は単純な腕力だけではなく、すでに、感覚もレベルが違ってきた強敵です。
彼らとすこし、乱取り的に手を合わせてみると、デモンストレーションの時のようには技がかかりません。
以前であれば、これもしかたない、と思っていたと思いますが、動きが変わってきたことで、なんとかしたいという欲求が生まれてきてるんでしょうね。
手を合わせながら、自分の身体に出来ることを探してみたんです。
 
 
 
すると、見つかったのは、この拳を動かす方に使うのではなく、その拳の中に引きこもり、まず、気持ちの中で安心を作るといい、という事でした。
引きこもってみると、外からどれだけ力を加えられても、心に不安が出てこないんです。結果的に、この時には身体にも崩れがなく、余裕をもって、相手を観察することが出来ます。
 
相手の力をとにかく、引きこもった拳が担当していると、反対側の手が気楽に動かせることに気づきました。
やはり、手は二本あるんです。
この引きこもった拳と自由な手が同時に働くと、相手はどちらを相手にすればいいのか迷うらしく、崩していけるようになりました。
 
 
 
これを日常生活の中で応用していくと、きっとこんな感じです。
仕事や家庭の中に生まれるトラブルをなんとか解決したい、って考えますよね。
でも、いきなり、解決策に手をだし、改善を図ろうと思っても、なかなか実際にはうまく行かなかったりします。
だって、そのトラブルの状況に対して、恐れや不安があるんだもんね。
 
だから、この時、なにか行動を始めるんじゃなくって、自分がそのトラブルに負けていないかを問いかけるの。自分の心に。
その時、不安が出てきたら、じっと、拳を握って、そこに集中するんです。労宮をおさえてもいいはず。
とにかく、心に不安があっても、身体を意識することで、不安をまず、とっちゃう。
 
 
 
この先、改善しなくっても、まぁ、自分は壊れないな、って気持ちを作り出すんです。
そんな事できるはずない、って思うかもしれないよね。でも、武術であれば、それができるんです。
頭では無理無理、と思うことも、身体はひょいっとやっちゃったりするから。
 
まず、壊れない自分を作って、耐える。これを忍耐と言っていいのかわかりません。ただの我慢とはレベルが違うから。
 
その安心な自分を作ってから、なにが出来るのか、ゆっくりと観察してみるんです。
 
 
 
これが今考え得る、武術的トラブル解決法です。
 
 
 
ねっ、変でしょ(笑)。
こんな事ばかり考えるようになって、生きることが楽しくなったんです。
自分でも自分の人生を生きていけるって感じられるようになりましたから。
 
また、このあたりの話も冊子にまとめてお渡ししたいと思います。
期待せずに、待っててください(笑)。
 
今日も、ありがとうございました。
 
 
 
追伸
来年早々、甲野先生の浜松講座が決まりました。
ぜひぜひ、お越しください。
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