2012年総決算・・・超長文注意

いよいよ、今年も残すところはあと、数時間。
毎年、一年の締めくくりだ~と、その年の変化、気づきをまとめてるけど、本当に変化、変化を楽しませてもらっています。
 
年月がたつほど、この身体が不思議に思え、どんどんと動けるようになっていく感覚。
そして、それは妄想かと思うと実は、ちゃんとリアルに変化していて、ホント、非常識。
 
 
 
いよいよ同級生は40代に入り、みんな無意識にこの身体の衰えを気にしているんだと思うんです。
会話の端々に身体の心配がでてくるもん。
でも、そういう衰えも変化であり、新しい感覚に気づくためのきっかけなんだって思ってます。
今、困っている事があるから、ちょっと違うところへと行きたくなるんです。
 
 
 
さて、今年一年の気づきを一言で表すと「意識には層がある」って事かな、って思います。
だから漢字で表せば「層」。
 
去年の今頃はクビの骨、頚骨を揺らす事で世界の見え方が違う事に興味を持っていたはず。あの頃は、と言うよりも、これまでの稽古はずっと同じ層をグルグル探し回っていたんだろうなぁって。
クビがある、指がある、胸がある、腰がある。
一つ一つ、自分の身体を身体で確かめていた作業だったんです。
 
 
 
それが今年の3月、浜松での甲野先生の講座の際にうかがった「5角形の技」。
その動きのポイントが初めて身体で感じられたのがきっかけで「新たな層」へと気づかされたんです。
それまで、自分の動きは場所を探すものでした。
それが5角形の張りを作りながら動く技を通して、力の方向を感じる事が出来たんです。
 
 
 
力には外に出るものと内に入るものがある。
筋肉には「伸筋」と「屈筋」があります。
その事からでも入っていく事ができたかもしれませんが、私には、この日の経験、驚き、感覚が必要だったんですね。
 
同じ形の同じ動きの技でも、力が外へ向かうのと、内へ向かうのとではまるっきり、違うんです。
なぜなら、技には必ず、相手がいるから。
相手との衝突の原因を作るのがこの方向だから。
 
 
 
自分の身体から外へと発散する動きは相手に対して優しく気をつかうのと似ています。
どんなに乱暴に見える技でも、力を自分の内側、腹の方向へと入れずに、ひたすら、指先から外へ外へと出していくんです。
すると、相手はその力に抵抗するのが難しいみたいなんです。
 
きっと、原理は「ほめ殺し」(笑)
悪口を言われれば、ムカッとケンカもしやすいけれど、ひたすらほめられるんですから、ついつい、相手の言う事を聞いちゃうんですよね。
 
 
 
肘から生まれる力に方向がある事が分かってようやく、「肘」が見えてきたんです。
それまでは「片方」からしか見えていなかったので、どうしても不安が消えなかったんでしょうね。
それが両面から見えることで、出来る事、出来ない事がわかって、そのまま、見る事ができたんです。
 
 
 
肘が分かれば、膝もおんなじ。
膝にも方向がある事が分かってきました。
この膝の気づきはこれまでの稽古の中では本当に一山越えた気づきになりました。
 
なんと言っても、振り下ろされる刀に対して「交わす」っていう動きを可能にしてくれたんですから。
刀を目の前にすると、怖いんです。
とにかく「感情」がそこにある、って事をいやがおうにも感じさせてくれます。
どんなに理論が発揮していて、やらなくてはいけないことがわかっていても、「感情」が揺れれば、それには従えなくなります。
 
 
 
刀をどうこうするって言うより、感情をどうするかってのが大変なんです。
感情とは別に分けて、頭を働かせて動くって事が「できる」って分かったのが膝に乗るっていう動き方でした。
 
 
 
 
この刀を交わすという動きは20年ほど、ずっと、憧れてきた動きなんです。
武道の有段者なら誰でもできる、なんて嘘ですからね(笑)
みんな、不安を持っているんですが、言わないだけです^^;
 
それが一度、きっかけがつかめるとドンドンと楽になっていくんです。
これはどうも、頭の中のブロックが大きいみたいです。
自分にはこの動きはできない、って思い込む事で、さらに、できないっていう観念を強くしてしまうんです。悪循環、って奴ですね。
 
ただ、それは、一度、出来ると思ってしまえば、今度はどんどん、動きが磨かれていくんですよね。
 
コンプレックスが特技になるってよく言われますが、まさしくそれです。
自分の動きを冷静に感じて、こんな動きもできるんだ、ってのを確かめるには最適な技かもしれません。
だって、「誰でも」、恐怖を横に置いたまま、すばやい動きをして、刀を交わすことができるんですから!!
 
 
 
そんな大きな喜びを持ったのが夏ごろ。そしてそこから更に、大きな変化に続いていきました。
膝や肘から外へと力を出していくってのは風船がどんどん膨らんで行くように身体に張りを作っていく感覚です。
こんな事をずっとやっていれば、当然、肌つやもよくなるだろうなぁ、と分かり、ヨガや気功をしっかりやっている方たちの若さの秘密がわかりました(笑)
 
 
 
 
身体に張りが出ると言うのは関節の遊びが無くなり、目に見える動きが無くなっていくんです。
身体の表面的な動きが無くなってくると見えてきたのが身体の奥のほうにある動きです。
今から思えば振動って言えるほど細かい動きではなかったけど、あの時は本当に体の中に揺れが内在している事にびっくりしました。
ちょうど、その時、クビの調整をしてもらって、気持ちよく緩ませてもらったのが良かったのかな。
 
重い頭を常に揺らしながらバランスをとっている自分がいることが分かると、今度はその背骨を支えている部分に興味が向かいます。
それが「仙骨」です。
 
 
 
今年のテーマは「層」と言いましたが、まさにその一番の根っこがこの「仙骨」なんです。
揺れの元を作り出しているのが仙骨なんだとわかると、今度はその仙骨からの力を失わせないようにして外へと出していくだけですから。
 
 
 
背骨の下にひっそりと隠れている仙骨。
大切な骨だと言うのは多くの人が知っているはず。
僕だって知っていました(笑)
 
ただ、知ってはいても、どう使えばいいのか、まったく手がかりが見つからなかったんです。
それがその仙骨を意識して、背骨に力を乗せると、仙骨の揺れの力が身体を大きく動かすほどの力になります。
この力を技に使って見ると、それまで筋肉に頼っていた動きとは見違えるような速さと重さが出てきました。
 
この時に確かめていたのはハイハイの動きでしたね。
赤ちゃんは誰にも学ばなくても、自然と自分の身体の中から出る力を使って、成長していたんです。すごいの一言しか出てきません。
 
 
 
仙骨の世界があって、背骨の世界が見えてきました。
仙骨の世界は自分はそこに「存在している」というのを感じさせてくれます。
仙骨と言う一点があるからこそ、力が外の世界へと出て行くんですから。
もう、なにが足らないとかではなく、ここにいる、っていう喜びを感じさせてくれます。
 
その上にあったのが背骨の世界。
背骨に感じるのはそのまっすぐな方向の力です。
自分が望むべき場所へとぐいぐい力を増幅していくんです。
時間と共にその力を大きくしてくれます。
時間の力を感じる事ができたのはこの背骨の世界を感じられたからですから、コツコツしたい、コツコツの力を感じたいって人はぜひ、試してみてください。
 
 
そのまっすぐとした世界の次に見えてきたのは前後左右、自由に拡がる遊べる力です。
仙骨がエネルギーの元なのは変わりません。
この仙骨に力があればあるほど、大きな力を使う事が出来ます。
ただ、大きすぎてそれを扱うのが難しいんです。
でも、私たちの身体はその力を運転する部分もちゃんと、作り出してきていました。
それが「肘」です。
 
肘と仙骨の間にある関係が分かると、面白いように、この大きな身体を動かす事ができます。
そして、それは自分の身体のみならず、相手の身体をも、です。
相手の身体を動かしたい、って願っても、相手がそれを受け入れなければ、当然、拒否しますよね。
その時、力の衝突が生まれます。
 
・・・でも、この時、肘にそっと手を触れると、相手の仙骨がゆっくりとその肘の動きにあわせて動くのがわかってきました。
もう、これは理屈云々、というよりも、そういう仕組みになっている、って考えた方が速いです。
 
これまで、何人もの人に試しましたが、みんな、そういう連動を持っていましたから。
肘と言うのは鈍感で、なかなか普段、意識をしない部分です。
その意識しない部分ですから、狙われると、つい、身体の奥のほうにまで、影響を与えてしまうんでしょうね。
 
逆に言えば、自分の気持ち、力を奪われたくない時には、肘と膝をすこし、張って、バリアを作ってあげれば、気持ちを弱らせてくる困難に対して負けないで済むようになります。覚えておいて損の無い技です。ぜひ、マスターしてください。
 
 
 
と、ここまで、3000文字を使って書き残してきましたが、なんとなく、今伝えたい事の3分の1もかけていません(笑)
今日は大晦日、今年の総決算として、覚悟して下さい。
 
 
 
自分の身体を運転する、という点ではこの肘の操作がなにより、有効なんですが、ここからまさか、もっと、違う層へとジャンプするとは夢にも、想像もできないことでした。
 
きっかけはやはり、甲野先生の一言。
この私たちの身体はただの身体ではなく、「肘から先は道具」って言われたんです。
 
その一言がきっかけで、自分の道具であるのなら、肘から先をこの肘でぎゅっと持つ必要があるなぁ・・・なんて思い出したんです。
その時の前腕の不思議な感じがよかったのかな。
それまで、肘でなら動かせていた仙骨が指先のわずかな動きでも動かせる事に気づいたんです。 
 
 
 
指を動かしてみれば分かると思いますが、この指という体は他の身体の部分に比べて、抜群に良い動きをしますよね。
細かい動きもなんなくこなし、ものすごいスピードと精度で動き回ります。
この指の動きと仙骨がつながっているように感じたんですが、どうも、それは錯覚だったようで、研究、稽古が進む事で見えてきたのはどうも、それまで自分だと思っていたのとは違う自分がそこにいるように感じられてきたんです。
 
 
 
肘から先は道具、その言葉がきっかけでした。
そして、だんだんとその道具が勝手に動くようになってきたんです。
胴体から肘までの部分の自分に「我」を感じ始めました。
 
我の部分がどれだけ頑張っても、肘から先が簡単にやれることもできません。
我の部分が苦労をして身につけた事をこの肘から先を自由にさせてあげると簡単にやってしまうんです。
このもどかしさを無理やり言葉にしてみると、自分の中に世代交代を感じられるようなんです。
 
 
 
そう、自分の体の中に親子ともいうべき、関係が隠されていました。
今年一年を「層」と言い表したのはまさに、この親子の関係が見つかったことが一番の要因です。
 
誰にとっても引退ってつらい事ですよね。
でも、引退を受け入れてみれば、自分の技や考えを引き継ぐものが活躍をすれば、また、違った喜びがでてくるんでしょう。
自分の仙骨、背骨、そして、肘を動かす筋肉は引退。肘から先の進化した部分が相手を崩していくようになり、それまで大変だった事が「当たり前」に見えてきたんです。
苦労して崩すわけではなく、当たり前。
 
なんとなく、苦労して覚えてきたコンピューターを次の世代が軽やかに使いこなしている様子とダブります。
生まれた時からそこにある技術はその世代にとっては当たり前なんです。
そこに理由はありません。世代ってのはきっと、そうなっているんです。
 
 
 
いつの間にか私も親になりました。
親としてどうあるべきか・・・なんて事はいろいろと学び、頭の中に知識としては入っていましたが、自信が無かったんです。
自分がやろうとしていること、よしとしている事は本当に正しいのか、子供たちにとって良いことなんだろうか・・・って。
でも、身体が教えてくれたのは、ただ、子供たちを信頼する事です。
我を張って、自分が頑張らなくっちゃ子供たちがだめになっちゃう、というわけではありません。
仙骨、背骨、筋肉がどうあろうとも、この道具であり、子供である部分が自信をもって動いて見ると、なんでも、どんどん、叶えられていくって事を確信しました。
まさか、武術を通して、こんなにもはっきりと子育ての悩みがなくなるとは思わなかったなぁ・・・。
 
 
稽古の時にはあまり求められない考え方ですから、こちらも多くは語りませんでしたが、気になっている人はぜひ、聞いてください。心晴れ晴れ、快適になれますから(笑)
 
 
 
仙骨、背骨、筋肉、子供とどんどん世界が広がり、稽古を続けましたが、さらに外にある世界もあるのに気づいたのがこの冬でした。
甲野先生に崩される事で瞬間感じられたのが、手のひらの中にある一点です。
それまで感じたことのない集中に頭の中で「?」が廻りました。
一晩たって、冷静さを取り戻し、自己観察をしてみると、そこにあったのは労宮というツボです。
 
ツボに不思議な力があるのは知っています。
でも、その不思議な力は使いこなせるものではなく、ただ、そうなっている、っていうレベル止まりだったんです。
 
このコブシをしっかりと握り締めてみると、外からどんな力を加えられても、ビクともしない強い自分がそこにいることが分かります。
この一点が自分なんだと思って見ると、それまで主役だった、子供としての自分よりもさらに、違う自分なんだ、と思うようになってきました。
 
親、子供ときたら、やっぱり孫ですよね(笑)
孫としての自分だと思って働きをみてみると、本当に孫っぽいんです(笑)
 
なんにも縛られていない自由な存在です。
子供である自分はどうしても無意識に親の事を考えます。
自分が二代目である、みたいな力みをちゃんと分かっているんでしょうね。
だからこそ、縛りのある中で行き来をするのが肘から先の道具です。
逆にその縛りがあるからこそ、道具のような規則的な連動が得意なんでしょう。
 
でも、孫であるこの労宮の一点は自由です。
縛られる事なく、動き続けられます。
どんなに抑えられても、コブシからひょいっと動く事で、逃げ回れるんです。
 
規則的な動きを得意とする肘先とはまったく違う動きをする労宮。
自由すぎて、きっと、嫌われる動きに見えるかもです(笑)
 
 
 
それでも、縛られない自由な部分が自分にある、って事を知っておくのは大切な事です。
今の時代はちょうど、規則的な時代と、自由な時代とがぶつかる混沌の時代です。
それまで作り上げてきたシステムと、これからどんどん出てくる新しい技術の間で僕らはきっと揺れ動いているんです。
 
自由な自分が分かれば、その自由さをもったまま、規則的なことにもちゃんと、向き合えるんです。
自分がやらせている、と感じてしまえば、時間が敵になります。
でも、自分がいつも、自由で、やりたい事を自分の意思で選択し、生きていると分かれば、あらゆるものが味方をしてくれるはず。
 
そんな事をこの労宮の一点に感じていました。
ただ、そこまで熱をいれて話ができるのもごく一部のマニアックな仲間にだけです(笑)
でも、今、こうして少し頭をまとめる時間を得て改めて考えてみると、きっと、この先を幸せに生きていくためには絶対に必要な意識だと思っています。
 
 
 
運命は完璧に決まっていて自由、それを身体で感じたくて武術を始められた方に学んでいるんです。
当然、興味の向く先はその世界だと思っています。これからも歩みを止めずに、研究を進めていきますね。
 
 
 
いや、まだまだ書き足らなくてあれですけど、一応、今年のまとめでした(笑)
稽古納めに見つけた肌の自分の話はまた、お正月、頭を落ち着かせてから書きますね。
今年一年、良くしていただきました。ありがとうございます。
佳いお年をお迎えください。

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