【稽古日誌】古武術なら「確かさ」を得られる

気がつけば2月、早いなぁ・・・。
今日は「確かさ」について気がついたことがあるので、それを書きますね。
 
「確かさ」ってどう考えてます?
今、自分の目の前にどれだけ「確かな」ものがあるでしょう?
日本の中のこの平和、会社、学校のシステム、日本のお金・・・生まれた時から当たり前に存在しているものはなんとなく、これからもずっと続いていく、と考えているかもしれません。
でも、少しずつ、ほんとに大丈夫?なんて思う人も増えてきました。そしてそのちょっと心配になった人で発信力のある人が大きな声をかけて注意を促しています。
そんな声に少しずつ、不安が広がっていくんです。
 
いや、逆に考えると、この平和は続かないかもしれない、なんていうのはある意味「確か」なものかもしれません。ただ、自分の身に危険がやってくるという事に確かさを持ってしまうと体が緊張してつらくなりますよね。
 
 
 
自分がなにをどう、確かだと思っているのか・・・。
それを考えていく事で、自分の中にこれまで見てこなかった強さと楽しさが見つかるかもしれません。
夜になれば、朝がきます。冬があっても、だんだんと暖かくなり、やがて暑い夏が来ます。
これらは「確か」です。暑い夏の中にも猛暑の夏、冷夏の夏がありますが、それでも、夏はやっぱり夏です。
 
 
 
実は古武術はこの体で「確かさ」を得る事ができるすごいものなんだ、と思うようになりました。
 
昔、私は自分の事を信じられませんでした。
周りの大人たちはやれば出来るんだから頑張れ、と励ましてくれましたが、どこにも自分のすごさを確かめさせてくれるものはありませんでした。
自分に対しての確信がないまま、大人になっちゃったんです(笑)。
 
 
 
それでも、甲野先生に出会ったときが良かったのかな。ちょうど、大学を卒業して、社会にでるぞ、となったその年、自分の生き方を考える材料をもらったんです。まぁ、たまたまですけど。
あの触れた瞬間、自分の体のコントロールを奪われ崩されてしまった不思議な技、感触。その感覚を自分でもやりたい、っていう全然精神的な向上は関係ない興味から始めたんです(笑)
 
おそらく、「なにも出来ない自分」というのが古武術と相性が良かったんでしょうね。
なぜなら、古武術は自分の体に新しい感覚ができるたびに、ちゃんと、はっきりと出来る事が増えるからです。
稽古の一つ一つが自分の体ってすごいな、自分って結構できる事があるじゃん・・・って自己認識を変えていけたんです。
 
 
 
世の中ってすごい人が山ほどいますよね。
高校生なのに150キロを投げる人もいれば、中学生で世界的なコンクールで賞がもらえる人もいるし、それほどがりがり勉強しなくても頭のものすごく良い人も・・・。
でも、すごい人も実は「なぜ」自分ができるのかがわからないんです。
 
多くのスポーツ選手は怪我をする事で、それまでの成績が維持できなくなります。
でも、古武術の稽古をしていくと、「何があっても」自分にとってプラスにしかなりません。
ケガをすれば、そこでそれまで見えなかった自分が分かり楽しくなります。事故をしてもそこから気づく事があり、その秘密が見えて気持ちが楽になります。
できない技があれば、その技を通して研究、稽古ができます。
変な話ですが、世の中にあふれる心が落ち込むニュースも自分の問題として考えてみる事で、ただ怒ったり、悲しんだりするだけではなく、生かしていくことができるようになりました。
 
 
 
ここに「確かさ」があります。
自分の体に得た感覚。そこから気づくことは証明することは出来ないんですけど、間違いなくそうだ!っていう確かさが出てくるんです。
今興味を持っている「肌」からもたくさんの「確か」を得る事が出来ました。
 
この「肌」が普段どんな働きをしているのか?
特に男性は自分の肌のつやをあまり考えません。
痒くなったり、やけどをしてようやくそこに肌を感じます。(いや、これまでの私ですよww)
 
でも、肌はそんな事だけではないんです。
自分がなぜ興味をもってしまったか分からない事ってありますよね。
特別な事だけでもなく、街で見かける行列にも僕らは気持ちを引っ張られていたりします。横にいる人の機嫌に僕らの気持ちは引っ張られます。
なぜ、こんなに気持ちは揺れやすいのか?
その大きな要因の一つが「肌」だという事が「分かった」んです。
この「分かった」というのが自分の中に生まれた「納得」です。
証明する事が出来なくても、まず、自分の中に生まれた納得があると、ずいぶん、違ってきます。
 
 
 
しかも武術の良いところは、その納得がぶれないんです。
もし、これが心の中で得た納得だとすると、出来ない事が続けばそこに「疑い」が生まれます。
この「疑い」も自分の中で生まれたものですから信じなければ良いんですが、この疑いを手放すのがまた、大変です。
武術は体に感覚があるものです。
出来な状況に出会った時にはちゃんと、体が動かない事が分かるんです。
 
 
 
肌の話でちょっと説明します。
この肌は細かく常に動いています。
そしてその動きをより、細かく、柔軟にしていく事で相手と一つとなれます。
それは骨や筋肉を意識した時よりも遥かに性能良く、相手と一つになれるんです。
相手と一つとなった時、相手の肌も動かしていけます。相手は肌が動かされると、気持ちも動かされるんです。どんなに抵抗しようと「考えても」、無意識の部分では動いてしまうんです。その秘密が肌です。
 
でも、動かない相手もいます。自分にとってちょっと強い相手。
その時、自分の肌の感覚に集中してみれば、あれだけ細かく動いていたものが全然、動かず、緊張しているんです。逆に言えば、相手の肌に負けてる、という感じです。
 
 
 
この状態、結果だけを大切にする人はがっかりするかもしれません。
でも、古武術は違うんです。この出来ない状況も自分の中の「確かさ」をパワーアップできるチャンスなんです。
肌が動けば楽しくいられる、でも肌が止められると、動けなくなるんだ、と気づけるからです。
 
それが分かれば、肌をピカピカ、ハリをと持ち続けられるように出来る事を探していけば良いんです。
すると、また、なにかが見つかるんですよね。
そして、その見つかった事をもって、苦手な状況に向き合って見ると、それまで苦労していた事が嘘のように簡単に逃れる事が出来ちゃったりして(笑)
この楽しさって、こんな文章で伝わりますか(笑)
 
 
 
自分の感じている確かさを伝える事ができればもっと、人の役に立てるんですが、今のところ、私は手を合わせて、感覚を伝える事でしか、そこに「ある」という事を伝えられません。
もしかしたら、数学などの世界でやっている「証明」というのは確かさを共有するためのものなのかな?
難しい数学の問題がそこに証明されていても、自分の今の生活には変化がありません。でも、そこに「確か」なものがある、という証明は心に安心を作るのかもしれませんね。
 
 
 
自分の生きる中で少しずつ、確かなものを増やしていく。
人間ってすばらしい、生きるって楽しい、そんな事が分かれば楽しい人でいられるし、自分の周りの人も応援できます。
甲野先生に出会い、誰しもが可能性をもち、楽しく生きていける、という事も気づかせてもらいました。今ふと、思ったんですが、この思いも「確か」なものです。もちろん、日々、暮らす中で、心揺れる事もありますが、根底にはゆるぎない人間への信頼が作り上げられた気がします。
 
 
 
技に興味を持って古武術の世界に入りましたが、まさか、こんな心の世界の事に気づくとは・・・。
普段、技の練習もたくさんしますが、こんな事も毎日考えています(笑)。
興味があれば、聞いてください。文化センターでも、稽古会でも、メールでも。
長くなってすいません。ありがとうございました。

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