暖かい眼差し

集中力の話が続いていますが、ちょっと気になることがあったので、聞いてください。

昨日の稽古の後、共同研究者のI君が身体を回す時に視線が外れるのが気になる、といってきました。

彼はいつも唐突です(笑)。その斬新な指摘にどれだけのヒントをもらっているかわかりません!とりあえず、目の使い方というか、目を通して感じられる力のことかな、と解釈したんですね。

ちなみに彼とは幼稚園の頃からの付き合いです。普通とは違う発想力にはこれまでも驚かされていました。ただ、若かった頃はその発想力に驚いて、認める、というよりは仲間全員でその発想はおかしい!と非難していました。おかしかったのは普通の発想しかできなかった僕の方なんですね。ようやく、彼の発想についていけるだけのアタマの柔らかさを手に入れることができました(笑)。どんなアイデアもまずは受け入れるところからスタートしたほうがいいみたいです。 
 
 
さて、話を戻してその目の力ですが、モノからモノへと視線を移す時に違和感があるというのです。

なんだろう?どんな違和感なんだろう?そのことを考えながらモノからモノへと視線を移しました。

そこにあるのは「認識」です。好きなモノ、気になるものであれば自然とそこに興味がわきますよね。いや、嫌いなものもそうかもしれません。自分が作っている世界から排除したいもの、それが嫌なものです。

好きなモノも嫌いなモノも、興味が湧く、という点では共通しています。

そして、今違和感を持っているのはその間です。その間にはなにがあるのか…?
 
 
 
アタマの中だけで考えるのではなく、実際に身体を使ってその違いを求めていけることがカラダラボの強みです。今まで気にならなかった部分になにがあるのか、カラダの変化を意識しながら動いてみました。

浮かんだアイデアを言葉にして、その言葉からまた次のアイデアに結びつけます。そして一つの答えにたどり着きました。
 
 
 
それは、興味のあるものと興味のあるモノの間には興味のないモノがある、という事です。
 
 
 
こうして言葉にして見るとあまりにも当たり前で、この興奮が伝わるのかなぁ~という気になりますが、いつもの稽古を御存じの方であれば、なんとなわかってもらえるのではないか、と期待して話を続けますね(笑)
 
 
 
興味のないモノとはなんでしょう。もしかしたら興味がないモノは、存在しないものとおなじ事なのかもしれません。これまで、その興味のないモノを考えて動いた事はなかったわけですから。

実はここで、これまで話をしてきた集中力がポイントになるのですが、興味がないモノを身体を通して考えてみます。つまり、力というモノサシで違いを体感するわけです。
 
 
 
答えを先に書いておくと、興味のないモノを認識して、そこに「も」力を集めて行くと、もっと大きな力が帰ってくる事がわかりました。理論的にどうかはわかりませんが、具体的な力としてつかえるわけですから、これを見逃すわけにはいきません(笑)。頑張ってこれからつじつまを合わせていきますので、期待してください!
 
 
 
ではなぜそんな力に変換する事ができたのか説明します。それにはまず、こういう考え方の前提が必要です。この前提に同意ができない場合はこの先の理論は全く意味をなしません(笑)。

その前提とは、力を相手に与えれば与えるだけ自分の身体に力が戻ってくる、という事です。相手を敵視して壁を作ると力が壁で衝突します。そうなれば単純に力の大小で勝負が決まります。
でも目の前の相手を友達のように認めてみれば自分の力に相手の力を合わせた力を使う事ができるのです。

昨日、向かい風と追い風の話をしました。興味のあるモノは追い風です。そして興味のないモノは向かい風になります。その風の強さは自分の興味の大きさによるんです。ですから、常に全力で興味を持てるように意識して、認識するつもりで動いていました。頑張っていたんです。

好きなモノでも嫌いなモノでも認識には変わりありません。嫌いなモノをプラスに変換できるようになってきたなぁ~と感じていましたが、まだまだそれは未熟だったわけです!深すぎますね、カラダの世界は(笑)
 
 
 
興味のあるモノと興味のあるモノの間にある興味のないモノ。どちらが大きいと思いますか?ちょっと考えてみてください。
 
 
 
僕の場合は「圧倒的に」興味のないモノでした。どんなに認識を細かくしても、この興味のない世界の事は忘れていました。

具体的なモノとして名前をあげれば、その興味のないモノの一つは「空気」です。本当は空気ではなく、ないと思っていたもの全部ですからもっと抽象的なんですけどね。

とりあえず話をつなげていきたいので空気としておきます。
 
 
 
具体的なモノには自分の持っている力を渡す事ができます。じぃ~と一点を見つめるのであればそれほど違いはないかもしれませんが、生活は認識を絶えず動かす事で成り立ちます。

この時、認識と認識の間に隙間が生まれていたんじゃないかなぁと思ったんです。武術的にいえばそこは隙になります。自分が認識していない空間と時間が出来ているわけですからね。いくら一生懸命にやろうとしても、気づかない間に出来てしまった隙はどうしようもありません。

自分の全力が注げないからこそ隙になるわけです。今、興味のない世界に気づく事ができました。気づいた事で自分がこれまで行ってきた事がかわるかといえば全く変わりません。なぜかといえば、自分が認識しているモノ全てに分け隔てなく、全力を注いで行くだけだからです。

自分の目の前に広がるもの全てに自分の力を注いで行く事が結果としてより大きな力になって戻ってきます。
 
 
 
本来であればもう少し検討をして伝えるべきだったかもしれません。でも、自分の中で生まれて来た気づきをリアルタイムにそのまま伝える事も面白いかもしれない、そう思いました。もしかしたら、この先研究を続けると、今とは違った認識に変わって行くかもしれません(その可能性は大です^^;)。それはそれでより精妙な動きに気づく事ができたという事ですからハッピーな事なんです。
 
 
 
ただ、もう少し、集中力について考えている事があるので、次回はまた集中力のお話です。たぶん(笑)

ありがとうございました。

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