人生で出会わなければいけない人

先日紹介した本の著者、喜多川泰さんのホームページにこんな一文があります。

「一冊の本との出会いで人生は変わる」

思いだすと、甲野先生との出会いは本でした。それまでほとんど本というものを読んでいませんでしたから、特に実感します、出会えてよかった、と。久しぶりに本の大切さを実感したわけですが、僕に出来る形でそれをまた誰かに繋いで行きたくなりました。

なにが出来るんだろう・・・ふと、思いました。

「一瞬の出会いで人生は変わる」と。

僕は甲野先生と出会い、大きく人生が変わりました。変わったというよりは、人生というものを初めて見せてもらい、考える、という機会をはじめてもらったのです。
 
 
 
なんだ、出会いか~。と思われるかもしません。昔の僕なら絶対そう思っているはず。その出会いがないんだよ~って(笑)

そんな昔の僕に会える機会が出来れば教えてあげたい事があります。違うんだよ、いつでもずっと、すぐ側にいて出会いを待っているんだよ、って。
 
 
 
甲野先生と出会い教えて頂いた事は人生を楽しく生きるコツではありません。いろいろ考えるようになってしまいましたからむしろ、きつくなるかもしれません(笑)。

先生に教えていただいたのは、どんな事があっても自分らしさを失わずに、楽しく生きていけるはず、という可能性です。

そして、そういう人がすぐ側にいるんだ、という事を教えて頂いたと「勝手に」考えています(笑)
 
 
 
その出会うべき大切な人とって?

「カラダ」がその「大切な人」です。カラダこそ人生の中で出会わなければいけない大切な人なんです。

出会いがないよ~という昔の未熟な僕の側にもカラダは必ず、すぐ側にいたはずです。

でも、その事には気づけませんでした。むしろ、こんな顔やだ、脚はもっと長く、スマートでかっこいいカラダを!と文句ばっかり言っていました(笑)

ひどい仕打ちを受けながらもカラダはずっとすぐ側にいてくれます。運命の出会いはいつでも求めればすぐそこにあったんですね。

甲野先生にはそのきっかけを頂いたと思っています。
 
 
 
愚痴をいえばアタマの自分はすっきりとします。でも、それを聞いているカラダの自分はストレスを感じています。緊張して行くんです。

一日二日ぐらいなら大丈夫かもしれません。しかし、それが何十年と積み重なってしまったら、と考えると怖いです。

「おそらく」ありがとうを言い続けると人生が変わる、と言われる人が多いのはこの辺りが関係しているんじゃないのかな、と思います。
 
 
 
自分が誰かのすぐ側にいて応援していると考えて見てください。その人がずっと、愚痴ばかり言っていたら、無い物ねだりで、これが出来れば、こうなったら、ちゃんとやるのに、とばかりいっていたら、心配をしてしまうようになりませんか?
 
 
 
逆にどんな事があってもへこたれずにありがとう、勉強出来た、と前へ進む気持ちを失わなければ、もっともっと応援したくなってくるはずです。

カラダはずっとすぐ側で自分の言葉を聞いているんです。
 
 
 
カラダを丁寧に扱いましょう、と何度かお話しさせて頂いていますが、現代において行動よりももっと機会が多いのが言葉です。しかも「声にならない言葉」です。

アタマの中では常にその声にならない言葉が生まれ続けています。目の前に嫌いな人が現れれば、どんな言葉が生まれていますか?目の前に大変な仕事があった時、アタマの中にはどんな言葉が生まれていますか?

それをずっと、カラダは聞いているんです。
 
 
 
カラダは出会いを待っているんじゃないかなあ、と思っています。決してアタマの自分が嫌いなのではありません。ただ、カラダは自分から言葉を出して表現をする事はできません。カラダにはカラダの表現方法があるんです。病気やケガはその一つかもしれませんね。
 
 
 
どんな人にも、カラダはあります。そのカラダも自分です。僕自身、カラダの自分を百パーセント認めているわけではありません。未だに顔やお腹を見て文句をいう時がありますから(笑)

それでも、ちゃんと、側にいてくれるはずですから。
大切にしたいと思います。

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