相手の突きや斬りをかわそうとする時、どうしても、その「瞬間」をのがすまい、とタイミングを見てしまう。もしかしたらこのタイミングは見なくてもいいのかも・・・と思えるような発見があった。
相手の剣や拳が動いてもいないにも関らず、それをかわすというのがおかしい事なのはわかる。それでもこちらが真剣に臨場感を持って、相手の攻撃をかわすと相手はなぜか妙な気持ちになってしまうのだ!(立場を変えてやってみました^^)
なんと言うか相手が先に動いているのだから余裕を持ってその動きを観察して次の攻撃の機会を見ていけばいいものの、「なぜか」攻撃したくなってくるし、していなくてはいけない気がするんです。
これは相手の迫力というか、見ている世界観に引きずり込まれたんじゃないかと・・・。
思い込むことによって自分の信念が揺らいだ瞬間なのかもしれないなぁ。
仕事の場においてもそんなものかもしれない。商品力の差で売れ行きが決まってくるのなら解決策は簡単。より高性能のものを扱えばいい。でも、そうじゃないんだなぁ、実際。同じものを扱っていても人により売り上げは全く違うしね。自分がこの先に不安をもっているのか、楽しさを持っているのか・・・。普段そんな事を考えている人はいないだろう。でも、無意識には不安や楽しみが作られているはず。結果的にその人からその商品を買った時に得られるであろう、未来を先取りしているんじゃないだろうか。
まぁ、こういう事はビジネス書を読むと似たような言葉でたくさんの人が書いている。大切だと思うことは本で得た知識、セミナーで得た知識を体で体感し、身につけることだと思う。
自分が真剣にそれを感じ、未来を描くことが出来ればそのようになる、そんな考え方も面白いじゃないか。