自分はどこに立っているのか?

手首から動くという事に気づいて10日ほどたった。そのあまりの変化に朝起きるたびに自分の動きを夢ではなかったかと確かめていたが、ようやく自分の体の本来の力だという事を認められるようになってきた。
現実に技のスピードが速くなり気配も消えてきている事から、動けば動くほど、この新しい動き方は大きな発見だったという事がわかる。
技を受けてもらった人からも、例外なく驚きの感想もらっている。ただ技がかかり、崩れることで驚くだけではなく、その速さと柔らかさに驚いているらしい。
どんなに驚きをもって見つけた動きも、しばらくすれば冷静に分析できる事が、人間の凄いところだ。今わかっている事を少し言葉にしてみよう。
まず、手首から動くという事は、手首そのもの動かすというよりも、手首を挟んで、手首から動くタイプなのか、体から動くタイプなのかを自覚する事を意識した方がいいらしい。
つまり手首が動けばいいんだと、やたらめったら動かしても働きは生まれてこないという事。手首が揺れる事によって生じる感覚をバロメータに使って、自分の動きのいつきを消してできるかどうかが重要になる。
普通この手を動かそうとすると、自分の意識はこの大きな体にとどまってしまう事が多い。しかし何気なく動いているときというのは、自分の身体がどうなっているかという事の記憶はほとんどないはずだ。
おそらく何かをしようと考えたときというのは、意識的な頭はその何かを成し遂げようと考えているはずだが、無意識では何かをするという以前に、自分の体が倒れないようにバランスをとり続けている事の方が多いはず。脳の能力の大部分を転ばないためのバランスに使ってしまっている、と言えるかもしれない。
何気なく動いてるときというのは、この逆で、小さな動きのきっかけに合わせて常にバランスがとられているのではないかと思う。そこに決定的な速さの違いが生まれているのではないか。
無意識のバランスをコントロールするために必要なのは、自分自身をどう見て行くかというところにある。それが手首を挟んで、手の動き自分を合わせて行くのか、まず転ばない体を作って手を動かして行くのか、というの選択するのだ。
動きの違いに気がつかない間は選択する余地はない。どちらの動きがいいのかを選択する自由は私達にある。
今の私の感覚で言えば、先に生まれる小さな動きを基に全身のバランスをとり、技を掛ける方が楽しいというだけだ。きっと、「今の」私とは違って体幹部にしっかりとした力を実感し、技をかけた方が楽しいと思う人もいるはずだ。今自分になすべき事、やりたい事をしっかりと自分で決めて、動いて行ける事に喜びを感じてもらいたい。

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