肘があるから、なにかをしようとする時に力が反転してしまう。もし、この肘がなければどうなんだろう?でも、実際にこの前腕をなくす事なんてできない。でも、もし、この肘という名前が無かったらどうだろうか?
外国人には肩こりが無いと聞いたことがある。肩こりというよりは背中が痛いんだそうな。意識がどこにあるかで、感覚が違うのかもしれない。・・・とすると、肘という名前があることで、どうしてもそこに引っ掛かりが生まれてしまうかも。肘の三角でバランスをとると、肘を消せる事に気がついた。名前がなければ、もっと軽い感じで胴体と腕が繋がると思う。
名前がある、つまり、知識があるという事。この頭の中にはいったいどれだけの名前が入っているんだろう。
身体には無数の名前がつけられ、勉強するつもりはなくても、なぜかイロイロと知ってしまっている。気にしないためには忘れられればいい。でも忘れるとは覚えるよりも難しい事。忘れる、気にしない、その間を埋めるのがバランス感覚なのかな?