半眼の話

疲れていたせいか、朝起きるのがつらい。
寝ぼけながら布団の中であれこれ考えていました。
こんな気づき方でいいのかわかりませんが、ふと、「半眼」についてハッとする事がありました。考えてみれば、目を開けたくても開けられない状態。自然半眼状態ですもんね。
 
 
 
それにしても、改めて、いつでもこんな事(武術・体の事)を考えているんだなぁ、と我ながら感心しました。夢にまで出るってのもあながちウソではないかもしれません(笑)。
 
 
 
 
さて、本題の半眼なんですが、言葉は知っていて、座禅の時など、それを意識して構えたりはするものの、一体「なにが」必要で、この目の形にしなくてはいけないのか、今ひとつ、分からず終いでした。
 
 
その分からなかった意味に気がついた、と言っていいのかな?
しっかりと目を開けている時、その時目に入ってくるものは全て、左や右、上と下など、「分かれている」ものばかりです。
分かれているからこそ、その分かれているものをどう使おうかと、頭の中で自然と考えが生まれてきます。
その考えの先に「直線」を見つけ、左手から生まれた力を右手へと流していくにはどうすればいいのか、と工夫が出来るのです。
 
 
 
 
自分の中に生まれた工夫は必ず、結果を持ってきます。
うまくいかない場合もあれば、うまくいき効果を発揮する時があります。
しかし、これが曲者。
工夫して、効果が出てくると、うれしいものですが、それは「今のレベル」だからこそ、生まれてくる工夫であり、効果なんです。
もし、もっと上のレベルの状態に自分がいれば、そんな工夫をしよう、とも考えないはずですからね。
 
 
 
そういう上の状態に移る事を「創発」とお話もしましたが、その上の状態へと今のレベルのままいく「お試し期間」が半眼なのかもしれません。
 
 
 
ちょっとややこしくなっていますが、今日、気づいた事を「そのまま」お話しますね。
 
半眼状態のときに、肘から先へと力を流す事を考えました。
肘から先へといつもよりも気持ちよく、力が流れていく実感があります。
頑張って目を開けて、どう肘が働いているかを見てみると、とたんに力が指先で止まってしまうんです。
目に入る「直接の身体」が壁になり、邪魔をしているんだ、と思いました。
 
 
 
また、改めて、半眼状態に戻りうつらうつら・・・。
やはり先ほどとは比べ物にならないほど、直線が意識できます。
その直線がなかなか消えないんですね。
消えない直線をすこし、遊んでみると、3本の直線で三角形が作れます。
イメージの中で作った三角形ですが、これも、なかなか消えません。
 
 
 
もう一度、目を開け、手を動かしながら、感覚の中で三角形を作ってみても、やはり、目の前にある「2本の手」に意識が集まり、すぐに、三角形はなくなってしまいます。
 
 
 
 
心の中に思い描いた形、姿、理想が目を開けていると崩れてしまうんですね。
当たり前と言えば当たり前。しかし、こういうことをひとつひとつ、自分の身で経験しなければ、やはり、わかりません。
 
 
 
感覚で作った三角形を壊さないように目を半眼にし、布団から起き、歩いてみました。
足元には体重がかかり、親指や踵に体重が偏るたびに、バランスが崩れ、気になるはずなのに、心の中にある三角形はその外圧をうまく、流している感じです。
 
外から来る力をどう流すか、というのは武術において非常に大切ですが、そこに大きなヒントを見つけました。
 
 
 
単純に目を瞑って歩こうと思っても、怖さが先にやってきて動けません。
しかし、半眼は辛うじて、見えるわけです。
最低限の情報は自分の中に入ってきますが、それ以上のものは入ってきません。
だからこそ、自分の内側に集中したままでいられるようです。
 
 
 
 
以上が「たまたま」気づいた半眼の気づきです。
さて、どんな変化をもたらせてくれるのか・・・、また、報告しますね。

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