価値観がヤバイ

昨年の地震はもちろんですが、今年に入っても自然の力の大きさ、人の力の小ささを思い知らされていますね。
GW最後には竜巻までも起こってしまいました。
たくさんの被害がでた事で、ようやく、私たちの意識はそこに集中します。
 
 
 
さて、今、私たちはなにが、どうなれば、幸せなんでしょうね。
 
 
 
先日、名古屋地方の深夜に「エンロン事件」の映画が放送されていました。
世界一ともいえる企業の破産事件です。
2001年の出来事なんですね。当時は全く、自分とは関係がない世界の話だと思っていたのか、まるで、実感のないニュースでした。
 
しかし、今、私たちの誰もが、今のままの社会でいいのか?という問いを突きつけられているような気がしませんか?
 
 
 
その問いとはもちろん、資本主義です。
 
 
 
フランスの大統領が変わるそうです。相変わらず、ギリシャは不安定です。いや、元気のよかった中国もいい話ばかりではなさそうですし、このままでいい場所というのはないのかもしれませんね。
 
 
 
資本主義ってのはなんでしょうね。
そんな事を考えるのは学者の仕事で、自分には縁のない話だと思っていました。
資本主義から新しい資本主義へと変わっている途中が「今」なんだ、と言われる方もいます。
 
難しい事は分かりませんが、考えておかなくてはいけない事があります。
 
 
 
それは、自分にとって一番、大切なのはなんだ?
という事です。
 
 
 
もちろん、お金は大切です。
資本主義はそのお金をものさしに考え、シンプルにそれを突き進めてきたんでしょう。
しかし、針が振り切れそうになったのか、このままではよくないかもしれないぞ、という事を考えさせるようになったのかもしれません。
こういう時でなければ、自分の生き方を考える事もないかもしれません。
もしかしたら、数十年後、今、この瞬間の決断が非常に重要な意味を持つかもしれませんね。
 
 
 
 
私たちは常に、なにかをモノサシにしなくては生きていけないのでしょう。
それが、お金や学歴、肩書きというのもモノサシの一つだったのかもしれませんね。
生まれてからこれまで、そういった自分にとってのモノサシについて考える機会を与えてもらった事があるでしょうか?
私は子供の頃から少林寺拳法を学んでいます。
少林寺拳法の開祖の教えに「半ばは自己の幸せを、半ばは他人の幸せを」という言葉があります。
この教えが私の中での大きな指針となっています。
 
 
 
しかし、大人になり、働き、お金を稼ぐようになると、なかなか、それをどう、社会の中で生かしていくのかが難しい事も知るようになりました。
会社からの指示、命令にはなかなか逆らえません。
また、社会的な動きに対してもそうです。
この時代に科学的な進歩を捨てて、エネルギーを使わない社会へ向かう事は許されません。
もし、それを本気で求めていくとなると、相当な覚悟を要求されます。
 
 
 
頭だけを納得させるのであれば、いくらでもそれを正当化する理由は作れます。
しかし、身体は「絶対に」納得しません。
その身体が納得しないままに生き続ける事は誰も、求めていないはずです。
しかし、どう、身体を納得させるのか、その方法を失ってしまいました。
 
 
 
 
なぜ、こんな事になってしまったのか・・・。
理由の一つはあまりにも、この時代が便利になってしまったからだと思います。
便利になり、身体を動かす機会をなくしてしまったのです。
身体を使うというのは「経験」をする、という事です。
現代は「経験」無く、「知識」を簡単に手に入れられる時代なのです。
こんな時代は今まで無かったはずです。
人類史上初、ですよ。
 
 
 
経験を得るには簡単です。
私たちは生きているだけで、たくさんの経験をしているからです。
しかし、「経験は身体の感覚」です。身体の経験の中にはつらい事もあります。いや、つらいものばかりかもしれません。
それを嫌って、頭の中で快楽を得られるように、生活をバーチャル化させてきました。
経験が大切なはずなのに、つい、「刺激」に対して、「反射」してしまいます。
ちょっときつい事があれば、それを無かった事にしようと、楽しさを求めてしまうんです。
これが、よくない。経験できなくなってしまうから。
 
 
 
身体に生まれる痛みや苦しみを学び、経験値に変えることができれば、生き方がガラリと変わっていくでしょう。
私はそれに、17年前に気づき、今日まできました。
 
ただ、運がよかっただけですけど。
技を受け、面白いように崩れ、不思議な技がこの世に存在するんだ、という事を体験できたからです。
その後、ずっと、楽しく過ごして来る事ができました。
 
 
 
気がつけば、この身体、身体感覚がモノサシになっていたんです。
もちろん、現代的な幸せも欲しています。
ただ、身体感覚があることに気づき、根を張る事ができて、なにがあっても、この身体が感じる喜びに戻ってこれる自信を得る事が出来ました。
 
  
 
身体さえあれば、誰でも、この身体感覚に気づく事ができるはずです。
私はこの「一人一人がもつ身体感覚」がモノサシになればなぁ、と思っています。
夢物語で、青臭く思えるかもしれませんが、私自身がまず、それを信じていなければなにも始まらないだろうなぁ、と思います。
 
 
 
 
ついつい、難しいテーマに手を出してしまいました。
また、次回につなげさせてください。
 
 

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