大人の武道塾スタート!

カラダラボの活動を始めて5年。
これまで、私の活動の中心は「研究」でした。その結果、身体の内側に目を向ける事を一緒に楽しんでくれる仲間と出会い共に研究稽古する事で、稽古を始めた20代の頃には想像もしなかった動き方が可能になりました。
この度、師匠甲野善紀先生から受け取った身体感覚の楽しさをもっと伝えようと思い立ち、「大人の武道塾」を立ち上げる事にいたしました。
 
普通の武道の練習会とは全く違いますが、全く違うからこそ、達人への可能性がつながっているんです。
一言ではご説明できませんから、長くなりますが、しっかり、お話させていただきます。
興味が出ましたら、ぜひ、ご参加ください。
いっしょに、本当の武道の力を楽しみましょう。
 
 
【とにかく楽しく、気楽に、気兼ねもなく、ただ、子供のように遊びながら、すごい動きを求めたい人!】 


 
 
◆武道との縁
もともと、私が武道を始めたきっかけは父が少林寺拳法を教えていたからです。
その影響で、モノゴコロつく前から道場で走り回っていました(記憶はありませんが^^;)。
さぁ、そんな子供の頃から稽古を続けていたらいったい、どこまでたどり着けるのでしょうか?
武道を知らない人は今の私を見て、さすが、子供の頃から稽古をされているんですね、と言われます。
しかし、残念ながら、それは間違いです。
なぜなら、甲野先生に出会う前の私がどれだけ稽古しても、絶対に今のレベルにまでは来れなかったからです。
その理由はひとつ、知識としての技は稽古しても、身体そのものに目を向けることなど、全く考えてもいなかったからです。
「身体」という私たち一人一人にとって、一番身近な自然を教えてもらえたからこそ、気がつけば、軽やかに動くための動き方を身につけることが出来ました。誰にでもできるのですが、今、その「身体」に気づかせてくれる機会はほとんどありません。
3歳から始めた武道でしたが、甲野先生に出会う22歳まで、まだまだ遠い道のりがありました。
 
 
 
◆憧れていた達人
子供の頃から体だけは大きかったものの、とにかくスポーツと言うものが苦手でした。
その分、武道の強さはどうだったかといえば、これが、まぁ、なんの技術も身につかず、ただ、年数というキャリアだけが積み重なっていくありさま。
それでも、ジャッキーチェンブームがあったり、ドラゴンボールが大ヒットしたり、「戦う」という行為が男の子たちの中では憧れとして存在していました。
そういえば、幼稚園の頃、ウルトラマンごっこが流行っていたのを思い出しました。
「強さ」に対して、特別の思いを持っていたのでしょうね。(今の子達は全然、そんなそぶりも見せませんけど。)
ただ、ウルトラマンやドラゴンボールのように、手からビーム光線を出すわけには行きません(笑)。ビームを出す技よりも、リアルな漫画や映画も流行りだしていましたから、ずいぶん、そちらの方から影響を受けました。
漫画や映画の中の主人公は見た目は普通ながらも皆、達人ばかりです。
どんなに大勢と戦っても、風の様に捌ききり、どんなに強い武器をもっていても、諦めずに戦い抜きます。一か八かの戦い方ではなく、自分にはできるという自信を皆、持っているんですね。
そんなかっこいい技が自分が稽古している武道の先にもちゃんとあるはず・・・そう思いながら稽古が出来た初々しい時代もありました(笑)。
 
 
 
◆現実を知る時
達人を夢見て稽古を続けるも、見えてくるのは自分自身という現実です。
いくら稽古をしても、自分に才能がなければ仕方が無い・・・、そんな気持ちになりました。スポーツや勉強と同じ諦め方ですよね。
ただし、武道の現実は自分に対してだけではなく、外にもありました。
漫画や映画で夢見てきた「達人」が現実の世界にはいないのです。
もちろん、上手な人たちはたくさんいます。
雑誌の中では派手に人を投げたりしてますし(笑)。
ただ、その技にリアリティがないんです。
彼らが本物なのはわかる。でも、自分が本当にできるかというと、わからない。
自分と達人との間をつなぐものがなかったんですね。
ただ、それでも、剣をかわし、自分よりも大きな人を触れただけで飛ばせるような人はほとんどいません。ごく一部の人しか達人になれないようなのです。
さらに、真剣勝負の格闘技ブームで、戦いとはもみ合いなんだ、と思うようになってしまった。体の大きさ、力の大きさが結果に及ぼす影響を知ってしまったのです。
夢、破れちゃったんですね(笑)。
 
 
 
◆甲野先生との出会い
それでも、なかなか続けてきた武道を諦めるわけにはいきません。
しかし、夢は持てない。
練習を共に続けてきた仲間はだんだんとリアルな練習をするようになっていきました。
ウエイトトレーニングや走りこみ、近代的、科学的トレーニングです。
しかし、白髪のおじいさんが日々バーベルを持ち上げたり、ランニングをしているとはとても思えません。だって、触れずに投げているんですから(笑)。
いい歳をして、まだ、そんな事を考えているのか?
きっと、当時の私の考えを聞くと、そう思われるはずです。
技は気合だ、とか秘伝があるんだと言われる方が多い中で、甲野先生だけは違いました。
私のような普通の頭でも、なんとなく、そこになにかがあるような気にさせてもらえ、自分にもできるかもしれないという気持ちを与えてくれるのです。
当時、惹きつけられた本は「井桁術理」の本です。
井桁術理とは、体をねじらず、まっすぐ直線に使う事で、威力と速さを出し、なおかつ、気配まで消えてしまう、ものすごい「技」なのです。
そう、初めてその言葉を目にした時は「技」だと思いました。
しかし、それは「技ではなく、術」なのです。
術と言えば忍術のような怪しげな術を思い出したのは頭の中が幼かったからですが、ともかく、その術を解説したものを読むと、なにか、今までのやり方ではむり、いや、今のやり方だからこそ、術と呼べるものが失われてしまった事が分かってきました。
しかし、どんなに頭でわかっても、目の前に甲野先生がいるわけではありません。
言葉だけでならば、どれだけでも大きな事が言えますしね。
本を読み、試す。この繰り返しを2ヶ月ほど繰り返した頃でしょうか。
もう、居ても立ってもいられず、甲野先生に手紙を書くことにしたのです。
(当時は先生の著書の中にご住所が書かれていたんです。平和な時代ですね。)
とはいえ、それまで、手紙など書いた事のない無精者です。
震える手で、失礼はないかと、精一杯気をつかいました。(そのつもりでした(笑))
何とか、書き上げ、投函。
あまりにも子供じみた手紙がよかったのか、先生がマメな方だったのか、立派なご返事を頂く事が出来ました。
考えてみると、この時の一歩が無ければ、甲野先生と出会う事も無かったわけです。
不安や恐れはありましたが、勇気をもって行動する、という事が大切なんだ、と学びました。
その後、勢いのついたご縁はあれよ、あれよという間に甲野先生の技を体験する事ができる機会をえました。その時の驚きといったらもう、言葉になりません。
それまで、考えてきた事が「全て」役に立たなかったのです。一生懸命作ってきたものが壊れてしまった、この思い、どう伝えればいいのでしょうか。
ただし、幸運だったのは私自身の中に自分の技に対するプライドがほとんど無かったということです。
甲野先生と手を合わせ、まったく抵抗できずにやられてしまったにもかかわらず、それまで自分が夢だと思っていた技が存在するという事を確認させてもらえたのです。
後は、それを身につける「才能」があるかどうかなのですが、甲野先生は才能ではなく、「術理」、「動き方」だといわれていました。
この身体をどう使うかによって、術と呼べるほどの動きが現れるのです。
筋肉量に頼らない解決策が「ある」と分かっただけでも、その後の練習への取り組み方が違ってきますから。
 
 
 
◆発見体験、成長体験
「技」ではなく「動き方」なんだ、と考えるようになれたのは、当時の甲野先生の「動き方」がシンプルであった事が大きいと思います。もし、現在のように、難しい術理であれば、諦めてしまっていたかもしれません(笑)。
それが当時の先生のいわれる動きは本当にシンプル。
腰をねじらず、蹴らずに動く、という事だけでした。いわゆるナンバ歩きです。
しかし、説明はシンプルですが、これが難しい。
どうしても、身体が捻れてしまうのです。
うまく動く事ができなければ、当然、技にはなりません。
技の数も少なく、片手で押さえられた手をあげられるかどうかだけでよかった時代です。
甲野先生にすばらしい技をかけてもらい、指導を受けながらも、実際に出来るようになるまでにはずいぶんと時間がかかりました。
抑えられた手をただ上げる、ただそれだけの事がまったく出来ないのです。
どうしても、身体に、特に肩に力が溜まってしまうのです。
それでも、諦めなかったのはなぜでしょう?やっぱり、自分にはできない、と諦めても良かったはず。しかし、それをしなかったわけです。今となってはなぜだろう?と疑問しか残りませんが、稽古を続けていって、本当に良かったと思います。
まったく動かす事の出来なかった手でしたが、アドバイス一つで、手は動く、という事を教えてもらいました。甲野先生の稽古に来られていた方にです。
その方法とは、手を上げる際に、ただ、そのまま上げるのではなく、いったん、抑えられている側の「肩だけを引く」のです。
そして、引いた後、肩と肘と手首を同時に、上げていくのです。
すると、それまで衝突していたはずなのに、まったくなにもなくなったかのように、手を上げていく事ができるようになりました。
なんだ、これは・・・。
技ではなく、術なんだ。
頭の中ではそれは分かっても、実際に身体で経験するまでには時間がかかります。
私の場合は運良く、諦める前に、それを体験できたのがよかったんでしょう。
ただ、やはり、その「術」に希望を見出し、続けていこう、と思えた事は非常に大切です。
今の時代ではちょっと難しいかもしれませんね。
なぜなら、自分を楽しませるための物やサービス、エンターテイメントが山ほどあるんですから。分かりにくくて、成果のよくわからない古武術の研究に興味を向ける人なんてマニアです(笑)。
しかし、だからこそ、声を大にして伝えたいのです。
このまま暮らして、自分の身体に気づく事があると思いますか?
ぜひ、問いかけてみてください。
年々重く、固くなり動きが悪くなっていくこの身体。
それに対して対策をせずに歳だけ重ねるのはとってもつらいことです。
もしかしたら便利な機械がでてくるかもしれません。座っているだけでどこでもいけるような・・・でも、それでいいんですか?
この大人の武道塾で伝えたいのは身体を通した術の体感です。
術を身につけ、動きを変える事で、見違えるような軽さが生まれてくるのです。
相手との勝ち負けは自然と決まってくるものです。
しかし、勝った負けたで喜べる時代は終わりました。
次に必要なのは個人個人が自分自身の身体を通してそこに喜びを得ることだと思います。
本当に自分にもできるんだ、という喜びです。
「肩を引く」という術を紹介しましたが(術とまでもいえないレベルですけど・・・)、今現在は膝を落とし、膝で廻る、という体の使い方を伝えております。
17年の成長の証をそのままお渡ししたいと思います。
私自身が試行錯誤をして見つけてきた技術を隠しておこうだなんて気持ち、これっぽっちもありません。(発見した秘訣は隠さず全部だす、というのも甲野流です。)
ぜひ、ご自身の身体でひとつひとつ試していただき、その可能性の大きさに驚いてみてくださいね。
 
 
 
◆憧れの武道
古武術といえば古武術介護、ナンバ走りのスポーツへの応用が、よく知られています。
また、甲野先生の考え方、生き方がツイッター等で注目されています。
私自身、甲野先生から学ばせてもらったことが、今、この時代を生きていく上でとても大切なものであり、自分の中に勇気があった事を感じさせてくれるものです。
しかし、心の中に生まれた身体への信頼というのは目に見えません。
考えてみると、私自身は「技」に憧れ、この道を見つけました。
甲野先生が目に見える分かりやすいものを見せてくれなかったら、永遠に心という形の無いものを身体で感じるという事は出来なかったはずです。
武術は常に、命の問題を抱えて稽古するものです。
それは、決して闇雲に激しい練習をする、という意味ではありません。
自分が気持ちよく生きていくにはなにが必要なのを問い続けるのです。
その過程に常識では考えられない不思議な技がたくさんあるのです。
その技にぜひ、憧れてみてください。
スポーツはルールに縛られているために、自分ではどうしようもない瞬間がやってきてしまいます。しかし、武術にそれはありません。
追い求めれば、必ず、たどり着けるはずです。その確信を甲野先生は教えてくれました。
これから、憧れていた技をいくつか紹介いたします。
不思議な事をその身体でぜひぜひ、体験してみてください。
【憧れの技】触れたら飛ぶ
本当は「触れずに飛ばす」と書きたいところですが、まだ、そこまではたどり着いていません(笑)。
ただ、身体は触れていなくても、相手と向合ったその瞬間、絡み合っているはずです。
条件さえ整えば、それも可能なんだろうなぁ、と思うところにはきています。
ただ、勘違いしてはいけないのは、触れてないから触れている技よりすごいのだ、と思ってはいけません。触れた瞬間、身体のコントロールを奪われるからこそ、相手の攻撃を受け入れてしまうのです。結果的にどんな事が起こるかといえば、考えられないくらいの接触で崩され、投げられてしまうのです。
人を投げる、倒すというのは大変です。しかし、それは同じレベルだから。
もし、相手の感じている以上の感覚で動く事ができれば、簡単に相手を崩し、投げる事ができます。この瞬間、実は投げられた本人も心地よさを感じます。
腕力で崩されたのではない、というのを身体はちゃんと分かっているんですね。
人間の不思議な力、バランスの力に触れるからだと思います。
考えてみると現代は失敗を恐れる時代です。
しかし、失敗を恐れて安定の中だけで行動していると、心が腐ります。
安定しているこの社会を過ごす事で、私たちの心は乾いてしまったのかな。
見事にバランスを崩され投げられる事で、心に元気がまた、生まれるのだから不思議です。
とは言え、なかなかそんな技を持っている人はいません。
お手本がいなければ、そこにたどり着く前に諦めてしまうでしょう。
常識の範囲の中の技で満足できるのは段位が欲しい時だけです。
もし、子供の頃、若い頃武道をされていて、現在やられていないのであれば、ぜひ、もう一度、今の大人の頭で試してみてください。
一気に心が若返りますよ!
 
 
 
【憧れの技】歳をとっても強い
時代劇に出てくる達人はおじいさんです。
しかし、そのおじいさんに若者は全然敵いません。
しかもそのおじいさんはスピードもパワーも兼ね備えていたりします。
歳を重ねても、強くあり続ける・・・。そんな事ってあるのでしょうか?
スポーツの世界へと目を向けると、必ず世代交代、引退の時がやってきます。
どんなに若い頃にすばらしい動きが出ても、年齢共に身体は衰え、ケガをして、引退していきます。
今、私たちにとってのお手本はそんなスポーツ選手ばかりなんです。
でも、実は、本当に、年齢と共に上達を続ける事ができるんです。
甲野先生に出会ったのは22歳の時でした。
当時、どれだけ練習しても出来なかった動きが、40歳を前にして、出来るようになったりします。この20年弱、ずっと、今がピークであり、自分の限界が分からない状態なんです。
そんな事を言ってもどこに証拠があるんだ、と言われるかもしれません。
ぜひ、ご自分の身体で確かめてみてください。
諦めるのは簡単です。
うそだと思ってやらなければいいのですから。
しかし、諦めて、普通の人と同じように生活をしていけば、絶対に、年齢と共に軽やかさは失われていきます。
きっと、これから、見た目に関してはもっと、若く見せるための技術や商品がたくさん世の中に出てくるでしょう。若返りの整形術も当たり前になってくるかもしれません。しかし、考えてみてください。
いくら「見た目」は若くても、動いたら「おじいさん」、「おばあさん」では嫌じゃないですか?スポーツジムでは補えません。
なぜなら命がかからないから。
でも、目の前の刀はよけないと、死ぬ事がわかるはずです。
そのギリギリ感が、自分の中の弱さも強さも教えてくれるんですよ。
 
 
 
【憧れの技】剣を捌ける達人
歳を重ねるごとに動きが良くなる、とお話しました。
実例を申し上げましょう(笑)。
先月、ある動きが出来るようになりました。
剣をまっすぐ振り下ろされた時に、身体をすっとかわす動きです。
17年前、初めて甲野先生に出会った時、感激した動きです。
だって、本当に振り下ろす剣を楽々かわせる人間がいたんですよ!もう、びっくりしました。
以来、自分の中では夢の技になったのですが、これが、難しい。
どんなに工夫をしても、タイミングが合いません。斬られちゃうし、怖いんです。
自分の心の中に恐怖を持ちながら身体を動かす事はできないのです。
それが、先月・・・
動きを腰から膝に変えたんです。
ただ、それだけの工夫で、それまで一向に出来なかった動きが出来るようになりました。
出来るようになってみると、そこに「術理」「理論」がある事が分かります。
その「理論」を伝えてみると、なんと、誰でもできてしまうようになるじゃないですか!
体力的に恵まれていない女性がひょいひょい刀をかわすなんて、かっこいいですよね!
武道の道場で剣を振り下ろしますから、かわして下さい、とお願いすると、まず、断られます(笑)。みんな、そんなこと、出来ない、と思っているから。でも、それこそ、勘違いなんです。
自分の「壁」「限界」を破るきっかけにするにはとっても、いい体験だと思います。
お試しあれ!
 
 
 
【憧れの技】達人は心がゆれない
剣は怖いです。
その剣が木剣でもスポンジの剣でも、当たる!と思う瞬間、身体は緊張します。
武道がスポーツ化して失ってしまった事はルールの中で勝てるように、ガマンする事を覚えてしまった事ではないでしょうか?
殴られても、蹴られても、斬られたとしても、恐怖に負けない方が有利ですからね。
感情を爆発させないために行った事が、慣れ、でした。
もちろん、感情が安定している、というのは大切なことです。
しかし、それは「どんな時にも」出来なくてはなりません。
ルールに守られているから、平気、では生きていく際にはまったく役に立ちませんから。
心を揺らさず明るく生きる、というのは多くの人にとっての望みだと思います。
もともと、武道はいかに生き、死ぬかを追求していました。
しかし、その理念、理想は多くの現代武道では建前化しています。
確かに何万人もいる中で全員が悟りの境地へといくのは難しいでしょう。
しかし、いくらなんでも、身体と心の関係を知らなさ過ぎます。
口では心身一如を唱えても、いざなにかをしようとすると、うまくいかない、そして、気持ちを落としてしまうのです。これでは、達人への道はつながりませんよね(笑)。
大人の武道塾では心と身体が一つでつながりあっている、という事を「最初に」分かってもらいます。そこに「実感」が無ければ、一歩も前へは進めないからです。心を揺らさないために必要なのはメンタルトレーニングでも、自己啓発セミナーでもありません。
ただ、強い身体を自覚するだけでいいんですよ。
 
 
 
【古武術的使い方】膝に乗る
ここで具体的な身体の使い方をご紹介しましょう。
普通では考えられない動きを起こすには「理由」があるんです。
その「理由」こそ、「術理」であり、身体の「動かし方」になります。
現代人はその「動かし方」を忘れてしまいました。忘れてしまっただけですから、もう一度、それを思い出し、試してみると、本当の自分の実力が見えてきます。
まずは、「膝に乗る」という使い方から紹介しましょう。
私自身、先月気づいたばかりで、出来たてほやほやの使い方です(笑)。
これまで、ずっと、膝に対して負担のかかる使い方を選択してきた事に気づいたんです。
膝の使い方がガラリと変わって、これまで20年出来なかった事ができるようになりましたから、かなり重要なポイントになるんじゃないかな?と思います。
具体的になにが出来るようになったかといえば、振り下ろしてくる刀に対して、体が捌けるようになってきました。そしてなぜ、出来なかったのか、という理由も分かってきました。
理由は自分の体重が乗っているのが「腰」なのか、「膝」なのか、という違いです。
腰に体重が乗っている時、当然ながら、動きやすいのは「腰」です。
膝と腰の違いが分かってくれば、「誰でも」動ける事が分かりました。
こんな単純なことなのに、なぜ、多くの人が気がつかないでいるのかと言えば、結果ばかりに目を取られ、「動き方」を気にする事を忘れてしまったからです。
ポイントは「動き方」です。
知らず知らずのうちに、負担のかかる動かし方をしてしまっているんです。
膝に乗る事で、腰に溜まる力(もちろん肩も)がきれいに膝に流れていきます。
膝に流れてきた力は使い方を変えると、外へと流していく事ができます。
外へ流していけるからこそ、動きに滑らかさが出てくるようです。
膝に体重が乗ると、簡単には腰が動かなくなります。
この「腰が動かなくなる」というのは、普段の動き方ができない、という事ですから、動けない、という気持ちになりますが、別の視点から見ると、腰が捻れないから、バランスが崩れなくてもすむ、という事になります。
膝に乗っていると、動けない、と思うのは、動き方を知らないから。地面を「蹴っては」動けませんが、膝を軸にした「回転」が出来るようになります。この「回転」の長所を活かしてみると、身体に負担をかけずに、身体全体が動かせるようになります。
剣が振り下ろされてきた瞬間、通常は、つい、蹴って動こうとしてしまいます。
この地面を蹴る動きによって「溜め」を作るわけですが、その溜めている瞬間に斬られてしまうわけです。速さに対してどうしたらいいのか、多くの人が答えを出せずにいます。
もちろん、高段位の武道家でも・・・です。
武道への憧れのお話をしましたが、まさに、夢であった動きを実現するのに、この膝の使い方がポイントだったわけです。そして、そのポイントを「知っているかどうか」が鍵なんですよ。だって、もう、膝はちゃんと、持っているんですから。
 
 
 
【古武術的使い方】力の方向
膝に体重が乗ってみると身体全体を回転させる事が出来るようになりました。
その事で生まれたのが「速さ」でしたが、「力」も同時に生まれてきたんです。
私たちは「力」についてあまりにも知らずに暮らしています。
理由は便利な機械や、私たちの代わりに仕事をしてくれるサービスが充実してきたからかもしれません。
便利な機械もサービスも無かった頃であれば、全ての事を自分の身体を使って行わなくてはいけません。そういう時代であれば、動ける身体と疲れない動き方が必要ですよね。
その環境の中で、自分の中に流れる力をいかに生かすかを考え、工夫してきたはずです。
少し、「力」について考えて見ませんか?
通常、力比べを行おうとすると、気になるのは「大きさ」です。
力の大きさを上げようとした時、頭に浮かぶのはトレーニングです。
腕立て伏せやバーベルを上げて筋肉量を増やします。
確かにトレーニングをすれば筋肉量は増加し、最大筋力は上がります。
しかし、このトレーニングで作った筋肉は融通の利かない力です。
単純に重さを上げるというだけであればいいのですが、武道に憧れを持っている人であれば、そんな程度で満足できるはずありません。
力の「大きさ」に惑わされるのではなく、そこに「方向」がある事を今からお話したいと思います。
世の中には「陰」と「陽」が存在しています。
裏があれば表もあるんです。
そして、それは「力」にもあるんです。
電気みたいなものかもしれませんね。
電気には電圧と電流がありますね、大きさと流れがあるんです。
ここでは便宜上、プラスの力、マイナスの力という事にしましょうか。
プラスの力とマイナスの力、今、あなたが使っている力がどちらかは分かりません。
1種類の力しか使えなければ、衝突した時、大変です。ぶつかってしまうんです。
プラスとプラス同士、マイナスとマイナス同士がぶつかった時、そこに衝突が生まれ、力比べが始まってしまいます。
力を勉強して、二つの方向を学ぶ事ができれば、その衝突を回避する事ができます。
少し抽象的な表現になりますが、自分の中に怖れを抱いて助かりたい、と思って出す力がマイナス。そして、相手の事を思いやり、動く力がプラスの力なのかもしれません。
多くの武道は「愛」を語ります。
「愛」を持って「敵」である相手に向かっていくように指導されます。
しかし、「愛」って何でしょう?
そこに答えを持たずに武道の稽古をしているとすると、おかしな話です。
なにか具体的な事があって、それが「愛」だというのであれば簡単なのですが、そうも行きません。特に武道では。
相手を突く、投げる、固める・・・相手を攻撃するわけですから。
突きながら「愛」するってなんでしょう・・・。
ここで、「方向」という問題で考えてみました。
自分の中に怖れを持って力を出す時、身体の中にぎゅっと力が入ってきます。緊張してしまうんです。相手の事を思って動く時、身体は縮まることなく、外へと伸び伸びさが出てきます。この動き方を分けて自覚し、使い分けが出来るようになってくると、衝突の機会を減らす事ができます。
この方向をコントロールする際に重要なのが、肘です。
肘を意識しだした時に、この「方向」の概念に気づきました。
それまで「大きさ」だけにしか解決策を求められなくて困っていた事が、「方向」を知る事で光を見る事ができました。
大きさから方向へ、こういう上達もあるんです。
年齢を重ねても身体が大きい若者をひょいと投げられる可能性が少し、ありますよね。
 
 
 
【古武術的使い方】活用できるたくさんの力
力の大きさから、方向へと考え方がバージョンアップする事で、また、違った見方、考え方が生まれてきました。
なにかをしようとする時、私たちは無意識に「筋力」に頼ります。
筋力こそ、自分の力だと考えてしまうのです。機械が便利ですからね。
わずかな力で大きな仕事をすることができます。
そんな生活が無意識に力とは筋力である、と考えてしまったのかもしれません。
力に大きさがあるのは誰でも分かります。
大きさだけではなく、そこに方向がある、という事に気づきました。
方向をうまく使う事で衝突が消えてくると無理な緊張が無くなり、力が抜けてリラックスできるようになります。
リラックスできてくると、感じられる「力」があります。
今からその「力」のお話をしたいと思います。
筋力以外の力、それは「重力」による力です。
言うまでも無く、私たちがこの地球上で生活している時、そこには必ず、重力があります。
学校で勉強しましたよね。
頭では分かっていても、この重力を使う事を私たちは今の生活の中では感じられなくなってしまいました。
機械が入ってくる前の時代の暮らしは、重さをうまく使って生活を快適に過ごせるように工夫していました。おそらく、その時代を生きていた人たちにとって「重力」は当たり前の力だったはず。むしろ、使えば使うほど疲労する筋肉の力よりも、大切にしてきた力ではないだろうか、と思います。
今、私たちは大きな身体を持っています。
この身体をねじらないで動かせるようになると、そこにリラックスした身体が現れてきます。もちろん、緊張した身体であっても重力は働きます。しかし、緊張した固い身体だと、重力に抵抗しようとして、逆に大きくバランスを崩してしまう事になってしまいます。
力は筋肉の力だけではなく、重力もあるぞ、という事をこの身体を通して実感する事が大切なんです。頭ではもう、知っていますからね。筋肉以外にも「ある」という事が分かってくれば、重力以外の力にも気づく事が出来るかもしれません。
ワクワクしませんか!!
(ちなみに、重力は年齢にはまったく関係ありません。歳をとっても、ぜんぜん大丈夫なんです!)
 
 
 
【古武術的使い方】感情は身体に細かく現れる
古武術的発想の稽古こそ、武道に持っていた憧れをもう一度、持つことの出来る最後の手段です。
古武術的稽古は近代的な武道の練習で失ってしまった技術を補ってくれるものであり、ケンカするものではありません。現代の武道の持っているたくさんの技、情報などは非常に有効です。たくさんの技を持っていれば、いざという時、より「効率的に」対応できます。
しかし、それを行うもともとの身体のレベルが下がってしまったのが現代です。そして、身体のレベルを取り戻してみよう、思い出してみようというのが古武術的稽古です。
身体への信頼を昔の人たちは当たり前のように持っていました。
考えてみてください。
電気やガソリン、そんなエネルギーを活用し、便利な機械が社会に広がったのはほんの100年です。人類には長い歴史がありますが、エネルギーに頼れるようになったのは、ほんの100年なんですよ!
武術は言うまでも無く、身体を十二分に使っていた時代の人間が編み出した技術です。
その先人たちが教えをしっかりと残してくれてきました。ただ、その先人が今のこのエネルギーに依存した生活を予想できたでしょうか?よく働く身体は当たり前のものとして、意識する事も無かったでしょう。
たくさんの練習をしても、なぜか、出来るようにならない事が多いぞ・・・と思っていた人、惜しいです(笑)。足らないのは頭への知識ではなく、自分自身の身体そのものへの理解なんです。
そして、身体への意識が高まってくると、そこに感情が密接につながっている事も分かります。身体と感情との間に密接なつながりがある事に気づく事が大人の武道塾のもう一つの目標です。
武道では心と身体は同じもの、心身一如といわれます。
しかし、その理念は残っていても、どう、それを実感するのか、という体験が残っていません。組織を代表するような人になれるほど才能があれば、その境地へたどり着けるかもしれません。でも、そこに至るまでに数十年かかります。その数十年の間はどうするんでしょうか?
長い間、ずっと、疑問でした。
しかし、もっとシンプルだったのです。
ちゃんと身体を動かし方から見直してみれば、明らかに身体をどう使うかで感情が違ってくるのが分かります。
頭を使いすぎずに体を動かし、心に気づく、そんな感じでしょうか。
 
 
 
【古武術的稽古の特徴】
さて、武道を行われてきた方からみると、夢のような事ばかりお話してきました。
剣をかわすとか、触れただけで飛ばすとか・・・。
でも、武道の持っている可能性、諦めきれないですよね。
武道への憧れを裏切りたくなかった、それが私のモチベーションでした。
そのために必要だったのが、通常の練習法、稽古方法との決別です。
甲野流の稽古はとにかく「変」です(笑)。
なにが「変」だって、下記のようなものがありません。
・ノルマ(常に考えながら、ただ、数をこなせばいいというのは惰性)
・段位、上下関係(長くやっているから上手、という事はありません。皆、研究者なんです。)
・基本(ベースとなる動き方が常にバージョンアップしていくため)
つまり、普通の組織の中にあるものが全く無いのです。
しかし、真逆の練習方法があるからこそ、誰でも伸びていく可能性があります。
前にも書きましたが、今、武道に限らずスポーツや芸術の世界に多く残っている練習法は頭の中に知識をいれ、効率を上げるためのものです。
しかし、それプラス、よく動く身体が必要なんです。
身体を取り戻すために必要なのが、ナイナイづくしの稽古です。
ぜひ、ご参加ください。
自分がドコまでいけるのか、わからないぐらい、可能性を感じられるようになります。
 
 
 
 
大人の武道塾 参加案内
稽古の予定
【毎週金曜日】午後9時から午後12時(祝日休み)
会場 少林寺拳法 愛知大府道院(愛知県大府市共和町大池下3-1)
【名古屋】以下の稽古日の会場
少林寺拳法 名古屋緑道院(名古屋市緑区浦里4-202)
6/30(土)19:00~22:00 7/15(日)18:00~21:00
8/4 (土)17:00~20:00 8/26(日)15:00~18:00
9/9 (日)18:00~21:00 9/30(日)15:00~18:00
10/6(土)16:00~19:00 10/28(日)16:00~19:00
11/3 (土)16:00~19:00 11/18(日)17:00~20:00
12/1 (土)16:00~19:00 12/23(日)17:00~20:00
【浜松】以下の稽古日の会場
福祉交流センター(浜松市中区成子町140番地の8)
6/27(水)19:00~21:00 7/14(土)20:00~22:00
7/18(水)18:00~21:00 7/22(日)15:00~18:00
8/25(土)15:00~18:00 8/29(水)18:00~21:00
【参加費】
月謝参加の方 6000円(1ヶ月何回でも参加できます。)
一回個別参加の方 3000円(1回ごと)
【今回講座にご参加の方へ】
来週、6/27(水)19:00~21:00 の講座に1000円でご招待します。
ぜひ、軽やかな動きを身につけてください。
お申込はカラダラボまで
ウェブサイト  http://www.karadalab.com/
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