脱呼吸法のススメ

呼吸法を捨てる勇気

今日のタイトルは見る人にとっては過激なものかもしれません。本当はもっともっと、過激にいらない、と言いたいぐらい。でも、喧嘩の仕方も知らないので、いつものように今、感じていることをそのまま書かせてもらいます。

当たり前ですが、呼吸法は捨てられても、呼吸は捨てれません。順番として、まず、呼吸そのものを受け入れてからでないと、ダメじゃないかい、という事です。ダメというよりも、もったいない。今日の話を時間たっぷりに体を使って感覚的に伝えさせてもらえるのならば、捨てる、という表現でなくてもいいと思います。ちょっと横に置いておいて、と。

しかし、感覚がわからないまま、横においても、つい、それにまた頼ってしまいます。だから、「捨てる」決意を持ってほしいんです。

よし、捨てるぞ、と決意をすれば見えてくるものが違ってきます。そこで見えてきたものにまた呼吸法を掛け算するのは自由です。でも、どうやら、呼吸法を知っているから、それ以外のものに気付けないようなんです。もし、今、壁にぶつかっているのなら、騙されたと思って、呼吸法を捨ててみてください。呼吸なんてなんでもいい!って。

呼吸なんてなんでもいい

武術でも、ヨガでもそれこそ、人間関係のワークショップでも呼吸法は大切にされます。また、大切だ、という認識があるので、呼吸法を教えてもらうとみんなうれしくなります。喜ばすことが目的であるのならそれでいいんです。あとはどうぞ、ご勝手に、と。でも、実際に呼吸法を学んでもそれを使いこなせられる人って多くありません。

そんな事を言えるのは武術的な実験をたくさんの人と行い、確かめてきたからです。

手を上げる稽古

それはこんな実験です。

手をただまっすぐ相手に向かって出す、というだけ。

ただし、この時、あいてはどんな抵抗をしてもかまわない、という条件で行います。

しっかり握ってもいいし、軽く気配を読んでもいい。こういう条件になると、多くの場合、呼吸を忘れます。あれだけ「大切だ」と言っている呼吸を忘れて、なにかをしようとしてしまいます。

大切だ、と口にしながら、イザとなると使わない。これはダメです。そしてやっかいなのは呼吸法を使わないからと言って呼吸がなくなることはないんです。その瞬間の呼吸もまた、自分の姿勢の種を変えてしまう大切なものです。

呼吸を3次元的に考える

呼吸って当たり前すぎて考える機会が少なくなりました。昔は・・・と書きましたが、便利な機械や仕組みがなかった時代はこの体そのもので経験を受け入れなくてはいけなかったはず。遠くに歩くのも、重いものを持つのも、厳しい自然の中で暮らすのも全部、身体が助けてくれたはずです。

しかし、現代は機械があるし、保険もあります。それらが当たり前になりすぎて、自分の呼吸がどれだけサービスによってすくわれているのか考えません。

呼吸は前後の運動

神秘的な代表である呼吸を前後の運動だ、と言ってしまうとスピリチュアルな人たちは怒り出すかもしれません。でも、呼吸をコントロールできずに、それに振り回されて感情的になるのであれば、物理的な運動そのものに落として、制御するのが精神的にも楽なんですから。

息を吸えば胸が前に、腰が後ろに動きます。互い違いになります。細かく場所を言えば第7頸椎と仙骨です。この吐く息、吸う息が背骨を通すと前後の動きに変わっていたみたいです。こんなシンプルなことですが、私はつい先日、気づきました。

運動から呼吸へ順番をかえればうまくいく

多くの人にとって呼吸は空気の入れ替えです。それが無意識のうちに行われて私たちは生きています。その無意識さのおかげで出てくるトラブルに呼吸を乱されて、嫌な気持ちにもなります。呼吸が乱れて、背骨の前後の動きのリズムが悪くなり、全体の動きを悪くしている。そうとしか考えられないようになってきました。

私が稽古をしているのは「身体感覚」です。とにかく、新しい体の感覚はないか、といつも探しています。長年探してきましたが、まさか、自分が前後の方向へと動いていないとは夢にも思いませんでした。だって、「前に」歩くことなんて毎日やっているんですから。でも、その「前」は脚のおかげでした。そして、脚だけですから背骨、つまり体の中心は1センチも動いていなかったんですね。

本当に動いてる?自信持って言える?

あえて言わせていただきますが、ほとんどの人が前後の動きを持っていません。特に、トラブルの場面では。

もちろん、我を忘れるほどのトラブルの時には動物的パワーが発揮され動いていくのかもしれません。でも、いつもいつも、我を忘れては生活をしていないし、忘れたくっても忘れられないほど計算された社会ですから、自覚がなければ意味がありません。

たった1センチ動けば壁は超えられます。

先にあげた実験。しっかりと押さえれても気にならなくなります。理由は簡単、衝突がなくなるからです。

衝突とはお互いの体が同じ空間の一点で出会うことです。この時、呼吸から生まれる前後の動きがあると、衝突したと気付いた瞬間、違うところへと体を動かすことができるようになります。

何度かそれを試すことで、観念は変わります。これだけ抑えれれると無理、と思っていたことが逆に、どうしたらこの手が抑えれるんだろう?と変わってきます。

前に動ける、後ろにも動ける。動ける自分がわかると気持ちも自由になります。頭に言葉で自分は自由だ、と言い聞かせてもこれだけ身体で経験値を稼ぐことが難しい時代ではなかなか、その自由な観念を身につけるのは大変です。

今の呼吸でいい

もう一度書きます。

今の呼吸でいいんです。今の呼吸がどんな前後運動を作っているのかに気持ちを向ければ、その前後運動、きっと、最初はものすごくわずかだと思いますが、その小さな前後運動に乗って動きます。そう、ブランコみたいです。止まらないブランコの上に僕らは生きているんです。

一人でいる時の呼吸は自分とその時考えているものとの合作です。

誰かといるときにはその相手との合作です。

合わさって生まれている動きがあるのに、あれをしなきゃ、これもしなきゃと勝手に動いてはわざわざ自分から大変な選択をしてしまっているかのようです。楽に気持ちよく、やれる方法があるんですから、それをまず、感じてください。

まとめ

これまで長年、稽古をしてきましたが、呼吸に関してはほとんど時間を費やしませんでした。もちろん、知識は入ってきます。でも、その呼吸が役に立つと思えなかったから。もし、呼吸法を習得できてしまう才能があったならば、前後の運動に気付くことはなかったはずです。気付かずに前後の運動を使って技をしてしまえば自然と、得意技と苦手技が生まれます。本当に、身につけれなくてよかった(笑)。

呼吸の話をしてきましたが、実はもう少し大きい話です。

僕らはつい、いろんなことを頭で考えてしまいます。イメージってやつです。そのイメージがうまくいけばいいんですが、多くの場合、反対に働きます。そのあと、イメージを修正しようと思ってもいったんできてしまった観念はなかなか変わりません。

呼吸が前後の運動だ、と気づいて、改めてカラダの大切さがわかりました。ただ、ここにあって、動いているだけではなく、その動きが心を引っ張っているんだな、と。これが心身一如なのか、と興奮してしまいます。

お金が大切、ワクワクが大切、人間関係が大切、健康が大切、数字で表せない大切なものが私たちの周りにはたくさんあります。心が形を持たない雲のようなものだからでしょう。でも、身体をみれば、その瞬間、動いているのかいないのかが分かります。動いていれば自然と元気がでてくるし、動かなければつまらなくなります。

面白いのは動いていない、と考えたとしても、じっと、丁寧にその状態を観察すると、ちいさく、動いていることに気付きます。考えてみれば当たり前なんですが、生きている以上、必ず、僕らは動いているんです。どの細胞も絶対に止まってはいません。

でも、この当たり前のことが身体で感じられないから、ときどき、ドキッとして止まってしまいます。

呼吸の大切さに今この歳で気付いたのが早いのか遅いのかわかりません。現象自体は当たり前で簡単なことなので10代の頃に気づいていたとしてもなんら不思議ではありませんが、今なんです。でも、きっと、これが70、80の時に気付いても楽しくてうれしくなれたと思います。だって、動いている自分に気づいたんですから。

 

お知らせ

7/25、26と師匠である甲野善紀先生をお迎えし、稽古会を開催します。

詳しくは下記のリンクからご確認ください。

7/25(土) 名古屋講座 名古屋市緑区浦里 午後5時から8時

7/26(日) 浜松講座 浜松駅近く 浜松市福祉交流センター 午後2時から5時

山口潤の動きを体験する方法

このウェブサイトで紹介している動きは全て、誰にでもできるものです。

理由は" 体そのもの "の使い方だからです。

これまでたくさんの" 方法 "を学んできたと思います。身につけられた方法と身につけられなかった方法、いったい何が違うのでしょうか?

私はそこに現代人が忘れてしまった" 体の使い方 "だと感じています。

便利でなかった頃は体を頼りに生きていくしか方法がありませんでした。でも、今は体を使うよりも、機械やサービスを活用したほうが効率的です。効率を重視してきた結果、多くの人が体の使い方を忘れてしまったようです。

実際、私の講座にはプロとしてお仕事をされている方もよく見えます。他人の体は治せても、自分の体の動かし方は苦手なようです。私がお渡しするのはある意味" 超アマチュア "な技術です。だからこそ" 誰にでもできる "のです。

各地に講座もありますし、出張稽古も受け付けております。

 

山口潤プロフィール

3歳から父の影響で少林寺拳法を始める

18歳で中部大学少林寺拳法部に転籍。学生連盟の仕事を通して少林寺拳法の楽しさを知りました。

22歳、大学卒業の年、甲野善紀先生に出会い衝撃を受けます。

その後、父の道場に戻り指導を始めながら身体感覚の研究稽古を始める。(以来、ずっと、新しい発見が続いています。)

10年ほど前、父から少林寺拳法の道場を引き継ぎました。

少林寺拳法の全国大会に愛知県代表として出場したとき、肩を壊しました。それがきっかけになり、それまでの仕事を辞め、身体の楽しさを伝えることを仕事にしようと決意をし、カラダラボの活動を始めました。

コネもビジョンもなかったのですが、思いが伝わってくれたのか、定期稽古は名古屋、浜松、掛川、大垣に、文化センターの講座は名古屋を中心に10か所ほどに増えました。ありがたいことです。

活動の場面はいろいろと増えておりますが、毎日、ずっと、体に目を向け、声を聞き続けています。


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