毎日、毎日、新しい発見がある

左右の連動からわかること

左右の手の連動に気付いて10日。毎日、ここにも、あそこにも連動があった、とびっくりするばかり。そして、だんだんとそれは「当たり前」になってきた。

何気ない動きというのはすべての動きが流れに乗って行われたものなんだろう。究極の連動には程遠いかもしれないけど、最初の一歩を間違いなく踏めた、というのは本当に、運が良かった。

あらゆる人は「身体」を持っている。身体があればかならず、連動がそこにある。

末端の部分は意識して動かすこともできるけど、内臓はまず、無理。流れを止めずに、たんたんと動き続けている。そして、心もそう。私たちの心はすぐになにかと結び付けてしまう。結び付けた先が好きなものであれば幸せになれるけど、嫌なものと結び付ける癖を持ってしまったら人生は苦しくなる。「つながり」があるのはわかっても、どこから「つながり」に手をつけていいのかわからなかったのだ。その一歩がわかったのだから、うれしくないはずがない。

 

最初の一歩は左手と右手。

左手を動かせば、右手も動いている。「自然」はそうなのだ。

しかし、つい、意識した方の手だけを動かしすぎてしまう。

なにをしてはいけないのか、それがわかってきたから、日常生活が発見だらけになった。今、こうして、キーボードをたたいているけど、ここにも連動があり、キーを打つ側ではない方の手を意識する「癖」が徐々についてきたような気がする。

まだ、10日なのだ。

そして、この意識はこの先、何十年と持つことができる。今日よりも、明日、そして、来年は間違いなく、今よりも、連動を意識できるはず。最初の一歩で違いは現れなくても、目的を持てたのだから、時間をかければ必ず、そこへたどり着ける。

 

左右の脚にも連動が!

今日は子供たちとの練習の中で「蹴り」にも連動を意識してやってみた。正直、まだ、手ほどは連動感覚がなかったけど、指導者という立場ではそんなことは言ってられない。

さぁ、脚も連動させて、軸足の方を使って蹴るんだ!

そんな事を言いながら一緒に蹴りを出していると、不思議なことに、一人ではわからなかった連動感が生まれてきているように思えた。こんな感じで、ゆっくりと、一歩ずつ、新しい自分を見つけていくんだと思う。

 

すでに、子供たちはいつも、連動している

それにしても、連動を意識させて突きや蹴り、抜き技をさせると、子供たちの動きが見違えるよう。「無拍子突き」という気配の出ない突きがあるけど、そもそも、そんな突きはなくって、動きのいい身体を持っている人の突きは無拍子に近づいていくのだ、とわかった。

時に、子供たちと乱捕りをすると対応に困るときがある。ただ、子供たちは力そのものがないから、大人は気にしないが、どうやらその理由は自由な動きの中ではいつも連動が起こっていたからだろう。子供の突きだからと言って受け切らないで乱捕りをしている人はちょっと、気にしてみた方がいい。自信をなくしちゃうからと言って見ないふりをすると、結果として、自分の上達を楽しめない。

連動が活きる技、使えない技

あと、どうやら、左右の連動は「すでに知っている技」にとても有効らしい。

例えば「○○突き」という型を知っているとする。一つ一つの手順は頭に入っているし、手順通りであれば身体も動かせるとすると、あとはそれをどう、有効な技に仕上げていくかが問題になる。

つまり、効かない技のままで終わらせずに、使える技にしなくては意味がないのだ。

 

しかし、これはなかなか難しい。

型がメインの武道であれば、手順を覚えること、手順通りにすることがメインになるし、勝ち負けを求める武道であれば、手順からだんだん離れて、オリジナルな動きになって共有できなくなっていく。双方、ともに問題がある。

理想的には型通りのまま、有効な技に仕上げたい。私はずっと、そんな事を考えていた。そして、それができるかもしれない、と今、ようやく思えてきた。

問題は気配。人を相手にするのだから、その相手に動きを覚られたら終わり。だから、もちろん、目の前の人の「レベル」はすごく大事だ。それをわかった上で稽古をすると動きはどんどんと変わっていく。

こちらがどう動くかを伝えたうえでもちゃんと技として有効になるのは、動きの質が変わっていなければ絶対に無理だからだ。

 

明日はどんな連動に気付けるだろう

連動している、というのは宇宙的な法則なのかもしれない。

アインシュタインが相対性理論で時間と空間の連動を証明した。あらゆるものに「連動」がある、と考えてみるとワクワクしてくる。身体を通して連動に気付いたからこそ、心の底から「つながり」を信じられるようになったように思う。

自信の持てなかった頃は、自分なんかがやってみたって変わらない、意味がない、そう思っていた。頭の中ではそんな事はない、できるはずだ、と強く思っても、心の奥底で、どうせ無理、なんて弱気が出てきてしまっていたのだ。心の中に「孤独」が住み着いていたのかも。

左右の手が連動して動くのを感じてから、どう考えても、この身体がある以上、孤独ではありえない、そう思うようになった。もちろん、誰もがそう思うわけではないと思う。もっともっと、強い孤独感を感じている人は、さらに、奥底まで心や体を掘り下げなくてはいけないと思う。しかし、ちょっとした孤独感だって、それを持っている人にとっては面白くないものだ。身体がその不満から出ていく時のカギになる、そんな事を伝えられたらいいなぁ、と思う。

まとまらないけど、その日気付いた楽しいことをちょっとずつ、残していこうと思う。

山口潤の動きを体験する方法

このウェブサイトで紹介している動きは全て、誰にでもできるものです。

理由は" 体そのもの "の使い方だからです。

これまでたくさんの" 方法 "を学んできたと思います。身につけられた方法と身につけられなかった方法、いったい何が違うのでしょうか?

私はそこに現代人が忘れてしまった" 体の使い方 "だと感じています。

便利でなかった頃は体を頼りに生きていくしか方法がありませんでした。でも、今は体を使うよりも、機械やサービスを活用したほうが効率的です。効率を重視してきた結果、多くの人が体の使い方を忘れてしまったようです。

実際、私の講座にはプロとしてお仕事をされている方もよく見えます。他人の体は治せても、自分の体の動かし方は苦手なようです。私がお渡しするのはある意味" 超アマチュア "な技術です。だからこそ" 誰にでもできる "のです。

各地に講座もありますし、出張稽古も受け付けております。

 

山口潤プロフィール

3歳から父の影響で少林寺拳法を始める

18歳で中部大学少林寺拳法部に転籍。学生連盟の仕事を通して少林寺拳法の楽しさを知りました。

22歳、大学卒業の年、甲野善紀先生に出会い衝撃を受けます。

その後、父の道場に戻り指導を始めながら身体感覚の研究稽古を始める。(以来、ずっと、新しい発見が続いています。)

10年ほど前、父から少林寺拳法の道場を引き継ぎました。

少林寺拳法の全国大会に愛知県代表として出場したとき、肩を壊しました。それがきっかけになり、それまでの仕事を辞め、身体の楽しさを伝えることを仕事にしようと決意をし、カラダラボの活動を始めました。

コネもビジョンもなかったのですが、思いが伝わってくれたのか、定期稽古は名古屋、浜松、掛川、大垣に、文化センターの講座は名古屋を中心に10か所ほどに増えました。ありがたいことです。

活動の場面はいろいろと増えておりますが、毎日、ずっと、体に目を向け、声を聞き続けています。


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