現実をみる

 「現実」という言葉がありますが、
 なにが「本当の」現実なのかはわかりません。
 
 先日M先生よりうかがった「マトリックス」の話。
 私たちはみんなシステムの中にいるのでは?
 という問いかけです。
 
 今見ているもの、聞いているもの、
 それは全て目や耳という感覚器を通して
 脳で処理をされているといいます。
 正確さを求めるのならその時点で現実から
 一つ処理を加えていますよね。
 
 今自分の内側に「元気」というモノが見えてきました。
 それを通して人をみると、目や耳から入るものよりも
 「先に」元気さが気になってきます。
 
 自分がすごいと思えるような「元気」を持っている人は
 やはりかっこよく、一緒にいたい気持ちにさせてくれます。
 逆に元気を出せない人(決してないわけではありませんよ^^)
 に対しては、なんとか気づかせてあげられないだろうか・・・
 と考えてしまいます。
 
 そう考えようというよりも先に、そう思っちゃうのですから、
 これも自分の中にできた物差しなのかなぁ・・・。
 
 まぁこう「経済性のない」事をのんびりと考えられるのは
 ココロに余裕というか、遊びがあるからで、
 その余裕がなくなれば考える暇すらなくなります。
 
 心を亡くして「忙しい」だなんて、よく出来ているなぁ、
 なんて事を考えちゃったりして^^
 
 今日はこれから「操体法」のお稽古。
 形と感覚は少しずつ分かってきたような気がしますが、
 まだまだ足りません。
 今手がかりにしているは自分の内面と相手の内面を
 あわせて考えられないかどうか、という事。
 自分が気にしているところを相手も気にしてくれれば
 また違った働きが生まれるのでは・・・と
 勝手に練習しています。すいません、先生。

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コメント

  1. マドラ- より:

    始めまして
    元気の「気」は命の源
    人のために尽くす人は
    気力旺盛にして
    他人に元気を与えている
    立派な人間修行してますね

  2. ヤマグチ より:

    コメントありがとうございます。
    立派ですか^^
    光栄です。ありがとうございます。
    立派かどうか、本当のところはおいて置くとして、
    カラダの稽古だけは不思議と新鮮さを失わずに今も楽しく行えています。
    私にとって「自分」に向き合うのにあっていたんだな、きっと。

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