2010-05-09

  1. 定点観測の技が手をあげるという技です。これはカラダを通して自分を掘り下げる時です。じゃあ、ココロからはどうかといえば、自分のココロを揺らす一番身近なものを探してください。
  2. 自分はどこまで自分が信じている理論を体現出来るんだろうか?それに気づく事が一番大切です。決して、だれかにすごいと言ってもらうために稽古するのではありません。つまり、一番厳しい目を持たなくていけないのは自分です。
  3. どんなに理論がはっきりしていて、確かであっても、それをこの身体で表現できなくては意味がありません。武術の厳しさはここにあると思うし、だからこそ誰でも「使える」生きる強さを身につけられるんだと思う。
  4. その基準を「手をあげる」という技で行ってます。皆、手をあげる事って出来ますよね。それを「どんな時でも」上げられるかどうかを試しています。たとえ、両手で力いっぱい抑えられても、二人や三人がかりで抑えられてもです。
  5. 稽古とは自分とは誰だろう、って事を求め続ける事です。カラダからそれを求める事が身体操法なんだと考えてます。カラダを通して自分に向き合い続ける時、基準となるものがあるとすごくわかりやすい。
  6. ちゃんと、時代はうまく流れている。僕達の未来はちゃんと楽しいように、うまく行きに違いない。安心しよう。
  7. 今の世代、これからの世代はもっと、自然に夢に生きられる世代なのかなぁ。今の自分の行動なんかももっと上の人たちからすれば「いい加減」で「未完成」で「中途半端」なものに見えるだろうし。
  8. そういやぁ、ツイッターは「いい加減だ」。140文字というのもあるし、未完成でもいい。そもそも「つぶやき」だし。でも、こういう未完成になれていないものにとって見れば、つい、完成を目指してしまう。夢の中には完成も未完成もないのだから、そのままにしておけばいいものをね。
  9. ・・・と思ってPCに向かっていたら一気に現実感が出てきた(笑)。何を伝え、何を書こう、と考えた瞬間、現実に戻るのかもしれない。夢の中に居続けられる仕組み、サービスがあればいいのか。
  10. 今と夢はどこに境があるのかな?外から見れば、今の自分もこの世界に見えるはず。でも、今の気持ちはやっぱり、夢へと向いているし。
  11. なんだかまだ夢の中にいるみたい。カラダが現実を受け付けないのか?

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