大丈夫な自分、ダメな自分

さて、ご無沙汰してました。ここ最近の感覚の変化が大きすぎて、すっかり「言葉」に落とす事から逃げていました、すいません(笑)。

もちろん、講座の中では「言葉」を通して動きと感覚を伝えていますから、多少は言葉になってはいるものの、「言葉だけ」でと、考えたときには全然まとまらず、書いては捨ての繰り返しでつい、甘えてしまいました。

ただ、これだけ我慢をしてきたせいなのか、ずいぶんと自分の中で言葉が外へと出たがっているのを感じます(笑)。・・・という事で、とにかく今、感じている事、考えている事を報告がてら、書いてみようかなぁと思います。

とにかく稽古の根幹ががらりと変わってしまったのです。
どう変わってしまったのかといえば、これまで「カラダを運転する」、と言ってきた事と真逆になってしまったのですから。

「運転」するのではなく「任せる」。つまり、なにかをしようとしてはいけない、という事に気づいてしまったのです。してはいけない、と強制されたわけではなく、カラダに任せたほうがはるかに自然であり、能力を一番発揮できる、と分かったんですね。

これは武術の面でも、介護やスポーツの面でもです。それどころか、あらゆる場面でそうであったほうが良いと感じるようになりました。

この感覚はこうして、なにかをしようとしている人同士で話しをしていると、変な言葉に感じますが、実は私たちは普段、無意識の時にはカラダに任せて、なにかをしようとはしていないのです。そして、その「気にならない時」こそ、完璧なバランスでこの世界とつながっているんですよ。

さて、この言葉を皆さんはどうお聞きになられたでしょうか?なんだか言っている事は分かるけど・・・。そんな言葉が聞こえてきそうです。私もどこかで聞いたような言葉だな、と思っていますから(笑)。でも仕方ありません。こんな程度でしか伝えられなくて申し訳ない!、そんな気持ちでいっぱいです。

自分の我を手放そう、と言葉にしている人は多いです。そして、それを実践している人たちも。ただ、私はこれまで、それを望んでも、どうしても出来ませんでした。何も無いときには、出来ているかなぁ?と期待する瞬間はありました。でも、実際に、武術を必要とする場面で、それを行おうとした時には手放すどころか、カラダがカチカチに緊張していきます。ここを上手にクリアできなくて、どうして手放している!なんて気持ちになれるのでしょうか?

だからこそ、このカラダを運転していこうと工夫を重ねてきたんです。カラダどころか、ココロまで。確かに、それまでの動き方からはどんどんと変わっていく事ができました。最初は自己満足でしかなかった動きも、だんだんとその道の専門家の方たちからも評価されるようになりましたから、まさかこの道が間違ってはいないだろう・・・と考えていたんです。

自分自身を成長させ続ける、という道として考えてみれば、これまで見つけた工夫にしがみつかず、今一番カラダが求めている動きを追求することは間違いではないと思います。ただ、完全な技術論からすると、今までの方法はダメのダメになってしまったわけです・・・。

自分の足らない場所を補うように、工夫を続け、進化を求めていく、というスタイル自体が考え違いだったんです。自分の足らない場所を探すのではなく、自分はそのままですでに完璧なんだ、と信じていくところから始めなければいけません。その完璧さというのが無意識の部分です。無意識だからこそ、普段の記憶から離れて、観察をすることが出来ません。でも、ちゃんとそこに、完璧なバランスをとった自分という存在がいるんです。

無意識の時っていうのはなにかをしよう、と考えてはいません。でも、私たちはなにかをしようと考えたときには、その考えた事が気になります。その気になったことを「消す」というのは簡単ではありません。簡単ではない、というのも私の見方です。私にとって難しい、という事です。難しいと考えている事が観念であり、それを壊していけばいいのですが、なかなかこれが壊れないんですね(笑)。

言葉で導いてくれる人であれば、その壊せなくて許せない自分を許しなさいとか、さらにその許せない自分を許せない自分を許せばいいんだよ、とか言うかもしれません。どこまで行っても自分を許す、認めることが大切であり、一番の近道なんだと思います。ただ、それが武術の場面では使えません。自分を許せずに、困っている間に斬られてしまうのですから。

この厳しい状況が私のように頑固な頭を持っている人間には良かったんでしょう。許せない自分をどうすればいいのかを真剣に考えるきっかけになります。長くなってきましたので、今日は1つ、具体的な稽古法を紹介しておきます。許せない自分を許す方法です。

許せないからこそ、もがいてしまうんです。このままじゃ、ダメだぞ!って。なにを許せないかというと、相手の攻撃に対して、無力である自分です。どうしてもそれに立ち向かおうとしてしまいます。抵抗するのではなく、カラダに任せるってどうするんでしょうか?

許せずになにかをしようとする自分がいます。意識です。この意識がどこを向くかで、その時のカラダやココロが決まります。自分のカラダを守ろうとしちゃうんですね。もしかしたらココロを守ろうとしているのかもしれません。意識が守るのではなく、カラダに任せることがずっと有効だと言いました。さて、どうするか?

1つは、この意識に仕事を与えてしまうのです。意識ががんばろう、と出てくる余裕があるから、働きすぎてしまうのです。休んでていいよ、と言ってもなかなかサボろうとはしません。すごいですね(笑)。ですから、守る側ではなく、攻撃をする側に移ってもらいます。

このカラダをラクに動かそうとするのではなく、逆に、カラダにストレスを与える側になってもらうのです。具体的には右手で左腕をぎゅーっと締め付けるんです。それもとにかく力いっぱい。おそらく、自分の右手に負けて倒されてしまう人はいないと思います。人間は常にバランスをとっているからです。右手で力いっぱい締め付けたとき、その力に耐えているカラダを感じてみてください。これまで無意識にバランスをとってきたカラダのほうに目を向けるのです。

どうですか?抜群の精度で、右手の力を体全部で均一に支えているのを感じませんか?

意識を二つに割ることって多分難しいんです。だからこそ、あえて、自分にストレスを与える側にまわってみると、同時に大丈夫な自分までそこに同時に存在している事に気づけるのです。

今お話できるのはこの辺りまでです。
この大丈夫なカラダは本当にすごいです。今までこんなすごい自分と一緒にいたんだなぁ、と感じさせてくれます。大事なことなので改めていっておきますが、このすごいカラダは誰の中にもあるんです。でも、それを教えてくれるチャンスはほとんどなくなりました。でも、毎朝目覚めるたびに、その自分と一緒にいるんです。

長くなってしまいましたが、どうしても伝えたいため、書きました。
これからもどんどん書いていこうと思っています。もし興味が生まれてきたら、ぜひ稽古会、講座へお越し下さい。全力でそのすごいカラダに気づいてもらえるようにサポートさせてもらいますからね!

では、また!

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