日曜日の稽古のおかげでずいぶんと、「爪の間」の事がわかってきた。
今年の初め、「爪」をつかう事の意義を見つけ、動きの「精度」が段違いになった。
普通の人はそんなことぐらいで、というかもしれない。しかし、爪という「確かな」ものを意識できるのだから、使わない手はない。
特に、目的のはっきりしている人は。 その爪が今、バージョンアップしたのだ(笑)。
日曜日の稽古のおかげでずいぶんと、「爪の間」の事がわかってきた。
今年の初め、「爪」をつかう事の意義を見つけ、動きの「精度」が段違いになった。
普通の人はそんなことぐらいで、というかもしれない。しかし、爪という「確かな」ものを意識できるのだから、使わない手はない。
特に、目的のはっきりしている人は。 その爪が今、バージョンアップしたのだ(笑)。
書きたいものが「無限」に出てくる作家は幸せだろう。
伝えたい声、気持ちが「無限」に出てくる歌手は幸せだろう。
描きたいものが「無限」に出てくる芸術家は幸せだろう。
やりたい事が「無限」に出てくる人は幸せなのだ。
11月12日の木曜日、子供達に普段はやらない「槍」の使い方を教えました。
槍に見立てた 棒を持たせ、
どう使う?
と問いかけると、みんな例外なく、そのまま槍を突きます。
先週の金曜日、つまり、2015/8/21の事、突然、「すれ違い」の感覚にきづいた。
二つのものが出会うと、そのままであれば、「衝突」する。衝突を回避するのに、相手の前から動いたり、衝突しても弾き飛ばされないように力を大きくしたり、いろいろと対策をしなくてはならない。
自分よりも大きなもの、力の強いものとの衝突は怖い、でもなんとかしたい、だから稽古が続けられていたといえる。
普通、大きなものに立ち向かうには鍛える、という事を選ぶ。筋トレだ。しかし、筋トレには弱点がある。
まさか、こんなにも長くなるとは思いませんでした(笑)。
しかし、こうしてお付き合いしてくださる人のために、少しでも感じたままを記録しておこうと思います。なんだか自分の感じたことを記録しているうちに、この気持ちの変化こそ、楽しいことだ、と再確認しています。正しさよりも、研究の進展を求めてきましたが、それは一人一人が新しい自分を見つける事だったと思います。
さて、前編では「背骨が消える」体験をした事をお伝えしました。中編では「しょんぼり」の姿勢をヒント実際に自分の身体で「背骨を消す」ところまで書きました。今日は「背骨を消した事で出てきた副産物」の話をします。