稽古日誌

【稽古日誌】陰と陽の秘密

今日は大垣で大人の武道塾。
カラダラボって「会」は多分、変なところ。
でも、それは、甲野先生から学んだものだって、思い込んでます(笑)。
 
 
 
なにが変かって、自己紹介もないし、名前も仕事も別に言わなくてもいい。
その日の稽古、講座にも途中からの参加も、先に帰るのもとにかく自由。
連絡すら、要らないと思ってます。もちろん、連絡してはいけないってわけではなく、連絡してくれれば、予定は立ちますけど(笑)。
 
 
何年も顔を合わし、手を交えているのに、なんとなく、名前を聞くタイミングをなくして、名前がわからない、なんて、事も!
それでも、大丈夫なのは、そこに参加している人が皆、自分の体からみる自分に真剣だから、だと思うんだよね。
 
義務感なく集うってなかなか難しいです。
特に、「組織」という形があると。
組織に入会し、名簿ができると、そのメンバーのなかでなんとなく、約束ができます。
練習日が決まってくると、そこに「行かなきゃ」という気持ちも生まれます。
 
もちろん、その義務感で向かっても、稽古しながら、気分が良くなる事もあるはずだから、まぁ、良いんですけど。
自分の中でわかってればいいんです。
 
もしかしたら、その自分が「決める」という事を最初から甲野先生はさせてくれていたのかもしれない・・・。
この辺のあたりは甲野先生の「武術を語る」という著書など、初期の頃の本に詳しく書いてあります。この辺の本はマニアックで、敷居も高く感じられるかもしれませんが、ぐっと、心を掴まれてしまうかもしれません(笑)。
オススメしておきます。
 
 
 
さて、今日の大垣の稽古でも中心になったのはハサミの原理。
紙をビリビリ破りながら、両手の間に「関係性」があるのを見つけます。
 
両手が連動している、って事がわかると技がこれまでとは全く違う感じになるんですよね。
働きとして注目している点は二つ。
「速さ」と「気配」です。
 
 
 
相手が抑えてくるのはこの「手」です。
抑えられてくれば、当然、力がぶつかり、動かしにくくなりますよね。
これを抜いたりするというのはどこの流派にでもある「技」ですが、技を発揮するのは、その状態を「困った事」と「認識」しているからです。
 
その状態をね、困ったと思うのか、平気だと思うのか・・・、ここに、大きな差があるんです。
 
 
 
ハサミの原理で出てくるスピード。スピードが桁違いになる事で、抑えられても気にならなくなるから。
抑えるってのには「方向」があるんです。
手を抑えて上がらないようにするってのは、上に来ないように下へと抑えてるよね。
上がダメなら、下へと手を動かしてみたらどうなると思う?
上に来ると思っていた手が下へと逃げる事で、抑えている人は騙されて、崩されます。
まぁ、フェイントとですね。
 
でも、この後が違うんです。
フェイントで崩された後、下へと向かっていた手が今度は一転して上へと戻ってくると、その動きを抑えきれずに、今度は上への力も止められなくなるんです。
 
下から上への力がものすごいスピードで変わるから結果として、抑えきれずに、手が上がるようになります。
この時、説明をしながらすれば、手の動きの軌跡も見えますが、説明なしにそれを行うと、なにをされているのか、わからないかもしれません。
 
さらに、「ハサミ」ですから、相手が抑えてきた時に「何度も」力の方向の転換をしていけば、だんだんと崩れていくんです。
頭では分かっていても、体が動くまで、タイムラグがあります。その「速さ」を生む事ができるのが、左右の手の連動です。
 
 
 
でも、どうして、その連動に気づいただけでこんな「スピード」がでるんだろう?
稽古っていつもこんな感じです。
自分の動きなのに、よくわからないんです(笑)。
出来るが先、分かるが後、です。
 
自分の中に生まれた速さの原因はきっと、バランス。
肘から先を道具として、子供として認識した時、その手は無邪気に暴れるように、反射的なスピードが出てきました。
ただ、子供ですから、転ぶんです(笑)。
それでも、相手を崩すのには十分なんですけど、転んだ瞬間を抑えられると、ちょっと弱いんです。
 
その弱い瞬間を反対の手が「常に」バランスをとる事で、崩れないっていう安心感が生まれるんじゃないかなぁ、って。
 
 
 
私たちの頭の中では「転びたくない」って無意識の願いがずっと、動いているんですって。
その転びたくないってのはね、姿勢の話です。
人としてこんな重い頭を持ちながら、この小さな足で直立二足歩行ができるのは、無意識のバランスを常に取っているからだそうです。
 
怖さが常にあるんでしょうね。
子供であれば、転ぶことに抵抗はありません。ただ、興味のまま、楽しめばいいし。
でも、僕らは大人だからね。いろんなところに不安を作り、恐れています。
 
怖れが出てきた時、なぜ、それを怖れるのか?それを考えるきっかけにもなりました。
逆に、自分の中にワクワクする期待感が生まれた時、なぜ、それが生まれるのかを考えたくなっています。
 
これ、「陰陽」の話と一緒だな、って。
 
ものごとには陰と陽があるんだ、ってのは知ってますか?
太極図ってありますよね。黒と白とが動いているような絵。
あれは宇宙の根本原理をあらわしているんだそうです。
 
頭ではそういうのって、分かるんです。
左があれば右もある。上があれば下があります。表があれば裏もありますし。
でも、そのバランスを取るのが大変ですよね。
しかも、それを体を通して、実感できるようになるのは・・・。
 
 
 
その陰と陽との秘密を今、この体で感じています。
自分の体を見ればそこに左と右があるじゃないですか。
普段、無意識の時にはその左と右は抜群に良いタイミングで連動しているんです。
でも、つい、意識をしてしまった瞬間、どちらかにとらわれちゃうんですよね。
 
バランスというのを体で感じた事で、これから自分の中で生まれてくる「対立」に対して立ち向かえるかもしれない、って希望が出てきました。
 
 
 
やっぱり、カラダラボはこんな事を考える場所なんです。
まぁ、それが私の性格なんですけど。
めんどくさい事なんか考えたくないって人もいるかもしれません。
でも、自分ってなんだろう?社会って何だろう?生きるって何だろう?って答えの出ない疑問を持っちゃう人もいると思うんです。
 
私は甲野先生から体、というのがある、というのを教えてもらいました。
それまで、目には見えていても、感じた事のないものでした。
体を感じるようになって、歳を重ねるごとに、どんどん、心が軽くなるんです。もちろん、その理由は体が軽くなるから。
歳を重ねるごとに楽になるって、すごいと思いませんか?
どうも、そういうものって、普通には見当たりません。
頂いたものを今度は私が伝えていく番だな、って思っています。
 
 
 
来週金曜日、甲野先生が名古屋で講習会を行います。
人生が変わるきっかけになる人もいるかもしれません。
もちろん、全員ではありませんが。
それでも、今の自分ってなんだろう?って事を感じられる経験になると思いますし、目の前で60歳を過ぎた方がものすごい動きをされるのを見る事で、人間に対する無意識のストッパーが外れます。
 
もちろん、当日、疑問があれば、サポートもしますからね。
お待ちしています。

【稽古日誌】本について。

ひさしぶりに本を買って、読んでみたんです。
 
もともと、本を読むのには抵抗があって、国語が嫌いだから理系に進んだような人間でした(笑)。
物語とか、大嫌いだったし、国語の問題で作者はなにをつたえたいんでしょうか?なんてのは、自分にわかるはずないじゃん、って考えてたんだよね。
 
 
 
大学生の頃も必要な本は仕方なく読むぐらいで自分から求めて読みたい!って読んだ記憶は全くないんです。
 
それでも、気がつけば、ものすごく本を読むようになって、本棚には何百冊の本が溜まる様になっちゃいました。
そのきっかけって・・・と考えてみたら、やっぱり、甲野先生だったんです(笑)。
 
 
 
甲野先生に興味を持つ事になる一冊の本があります。
今も売ってるのかなぁ?
「井桁術理」を解説した本でした。合気ニュースというところから出ていた気がします。
 
その本を当時の少林寺拳法部の監督に頂き、読むことになるのですが、なかに書いてある事が「感覚的な」言葉ばかりで、なにもわからないんです。
それまで学んできた技はほとんどが手順。
相手をこうして、ここに崩すと、投げる事ができます、みたいな。
しかし、その本に書いてあるのは、まったく違うんです。
 
 
 
手をつかまれた時の感覚、その時の肩の感覚、体をねじらないように、互い違いに、割って使う・・・、頭の中には当然、???がいっぱいでした。
 
いつもなら、ちょっとわからなければ、手を出さないんです。
自分にはどうせ出来ない、って考えちゃうから。
でも、その本に主に書いてあるのは二つの技だけだったし、その井桁術理に気づいた事で、あらゆる事が劇的に変わったって書いてありましたからね。
たくさんの技、たくさんのコツを学ぶのはダメかもしれないけど、一つだったらできるかもしれない、って考えたような気がします(笑)。 
 
 
 
その二つの技というのが「柾目返し」と「正面の斬り飛ばし」です。

この動画の中で行っているのはほぼ、この二つ。
それ以外にまぁ、両手でもたれたり、下に崩したり、ってのもありますが、まぁ、掴まれた時の技と触れた瞬間に崩す技ですね。
 
この二つだけでもやれるようにしたい、と考え、さらに、柾目返しからやろうと決めて、研究を始めてみました。
そうそう、練習ではなく、研究でした。
だって、誰も教えてくれないし、手がかりは甲野先生の本だけだったもん。
 
 
 
そうなると、本に書いてある一言一言はなぜ、こんな言葉になっているんだろう?と疑問に思い、試し、また、考えるってのを繰り返してました。
なぜ、この時、こんなにも集中できたのかわからないぐらい。暇だったのかな(笑)。
タイミングが良かったんです。気持ちのね。
 
 
本を何回も読み返し、気がつけば、いろいろと発見もありましたが、どうも、限界を感じて、勇気を振り絞って、手紙を書いたんです。
当時はね、甲野先生の本の中にご住所も書かれていて・・・平和な時代でした(笑)。
その手紙がきっかけで、今日のご縁がつながっていると思うと、あの時、勇気を出して行動してよかった、と思います。
ただ、ほとんどの人からすれば、手紙を書くぐらいの事は勇気を必要としないことかもしれませんけどね(笑)。
 
 
 
まぁ、そんなこんなで、甲野先生の技に触れる日がやってきたんですが、もう、これが、言葉にならずに、唖然とするばかり。
本を読んで、工夫をしてきたことが全部、子供だましだったのを思い知りました。
やはり百聞は一見にしかずですし、一触にはかなわないです・・・。
 
そのはじめての体験の事もまた、思い出しながら書きますね。今日は「本」の話です。
久しぶりに本を買って読んだんです。そこから脱線して、今ようやく、戻ってきました(笑)。
 
 
えっと、そのままでいいよ、みたいな本です(笑)。
なんとなく、甘い感じの本ですよね。
もし、私が努力の塊のような人間だったら、ぴゅーっと投げ捨ててるはず。
 
自分は無理にかわらなくてもいい、自分以外の誰かになろうなんて考えなくてもいい。
楽しく笑顔で過ごしていれば、人生は開ける・・・なんて、言葉にしてみると、ふふっ、と笑いたくなるような感じですね。
 
頑張らなきゃだめだ、ってのは最近の日本ではずっと、言われ続けています。
成績を上げるためには勉強するしかないし、努力を惜しんではいけないって言われます。
それは学校でも仕事でも人間関係でも。
 
ただ、私はその努力やがんばりで結果を感じられずに挫折をした人間です。
いや、だからこそ、もうちょっと、頑張ったらいいじゃないか、と聞こえてきそうですが、まぁ、しかたないですよね、自分で作った壁に負けてしまったのですから。
 
今から15年ぐらい前かなぁ。
頑張らなくてもいい、笑顔で楽しく暮らしてろ、って聞いたのは。
ありがとうって言ってれば、人生良くなるよ、って。
初めて目にしたときには、こんなものっ!って思いました(笑)。
 
なんで、自分が痛い思いをした時、被害を受けたときにありがとうなんだよ!なんて。
まぁ、若かったんでしょうね。ものすごく、嫌悪感を感じたのを記憶してます。
ただ、同時に、それは、これまでの価値観とは真逆なもので、きっと、心の奥にいいなぁ、なんて気持ちも作ったんだと思います。
 
今、色々と体を通して感じられることは、自分は平気なままでよかった、という事なんです。
力いっぱい抑えられても、逃げられないように思えても、それは勘違い。その時の先入観で自分はダメだ、って思っているだけ、体に任せてあげたら、全然平気だぞ、って教えてくれます。
 
 
平気だったら、不安になる事もありません。
その瞬間、ありがとう、という気持ちを持つ事も出来ます。
 
今やっているのは昔、あれだけ嫌悪感を持った事を体で確かめ続けているようなものです。
もしかしたら、こうして、自分の中の両極端の気持ちに気づく事が修行なのかもしれないですね。
 
今、自分が一番恐れている事、嫌っている事ってなんだろう・・・そんな事を考えさせてもらいました。 
 
 
 
あぁ、そうだ、武術はその自分が嫌なものに「すぐ」「簡単に」向き合わせてくれるものかもしれない。
だって、手を抑えられて動けない、ってのは自分の体で感じる嫌な事だから。
その嫌だ!って気持ちをどう受け止めるかで、また、稽古が進み、発見が出来て、それまで気づかなかった自分に気づけるんです。
 
 
変わらなくてもいい、ってのは、今の自分になにかをつけていくのではなく、本当の自分を見てみてら結構大丈夫だよ、って事だと思っています。
そして、頑張らなくて良い、ってのはガマンをして稽古するんじゃなくって、楽しくて気がついたら稽古していた、って状態になるって事だと思うんです。
 
結果として、どんどん別人になろうとする向上心の塊に見えたり、ずっと、稽古、練習、を続ける努力の人に見えても、いやいやしてるのとは違うんですよね。
 
 
 
言葉で書けば、伝わりやすいものと誤解を生むものがあるけど、その言葉を繰り返していく事で、だんだんと真意が伝わっていくものだと信じています。
こうして、ノープランで書いていくのもそう。
ちょっとでも、気になって、考える事が生まれてくれたらうれしいし、体験したい!って思ってくれた時に手助けできるようになればもっと、うれしいです。
 
 
いつも、気にかけてくれてありがとうございます。

【稽古日誌】心配性を克服するには体の発言権を強くすればいい。

11月も中旬に入り、あっという間に時間が過ぎていちゃいます。
この時間の流れは本当に不思議、どうなっているんだろう?
年末年始、文化センターの仕事がお休みになるので、時間的には空くはずなのに、いつも気がつくと、忙しい時間をすごしている気がしてる。
 
 
 
そういえば、今年の始まりはお手玉で肩を壊したことを思い出しちゃった(笑)。
力一杯なにかをしたから壊れればまぁ、納得もするけど、お手玉ですからねぇ(笑)。
人間の体が繊細なのか、私の体が不器用なだけなのか・・・。まぁ、死ぬまでに答えを出します。
 
 
 
さて、今日は久しぶりにお勉強をしてきた。
少林寺拳法の宗教的側面からのお勉強。
少林寺拳法の目的である自己確立と自他共楽を通しての国づくりをどう行っていくかのお勉強。
昔から、こういうお勉強が苦手だったんです。
 
なぜかと言えば、頭ではわかるから。
すべき事がはっきりしているのに、どうしても、それをうまくできない、というジレンマに心揺らされてる感じかな。
 
あっ、でも、これ、お手玉と似てる(笑)。
 
左右の手をどう捌くかはもう、はっきりしているんです。
にも関わらず、スムーズに出来なくって、落としてしまう。
玉を落としてしまうと次にまた、始めるときにはモチベーションがいりますよね。
それと似てる。
 
 
 
少林寺拳法を普及していく上で必要なこと。
まぁ、少林寺拳法でなくても、みんなだったら「仕事」でもいいです。
自分の会社の商品やサービスを世に広めていくときに、きっと、戦略、プランを練ると思うんだよね。
その戦略にそってお客さんとコミュニケーションをとって、自分の商品の良さを理解してもらう。
自己確立と自他共楽って今風に言えば、自分の商品に惚れて、お客様と自分とがwinーwinの関係を築くって事だもん。
 
 
 
そういうのって、会議に出てればわかるじゃないですか。頭では。
友達同士仲良く、手を取り合って・・・みたいなスローガンに近いもん。
この頭でわかっていることを出来るようになるにはやはり、体がなくてはならないと思うんだよね。 
 
 
いや、いろんな人がいていいんですよ。
そのまま、がんばってやってたら出来ちゃう人って多いと思うから。
たいていに事はさ、心配をしすぎずにやることをちゃんと続けていくと、やれてしまうものだったりするから。
 
でも、私は心配性だったの(笑)。
これは性格だから、なかなか治りません。今でも全然、変わらないから。
 
ただ、心配性は頭の問題。頭に振り回されて体が動かなくなっていたこと、って事だからね。
稽古を通して体の感覚がわかってくると、だんだん体の方の発言権が強くなってきました(笑)。
 
頭はいつものように心配性が出てきても、体がまた出たぞ、だまっとけ、と動き続けることができるようになっただけ。
ただ、それだけの事で、現実って動くんだなぁ、と実感しています。
 
 
 
今の時代は選択肢がたくさんあるでしょ。
しかも、親切で優しい。
もうだめだぁ〜って言えば、いやな事ならしなくていいよ、こっちおいで、と招き入れてくれる人って必ずいるからね。
 
でも、どこに行っても、心配性の頭が先頭に立っていると、また、同じ事になっちゃう。
結局居場所を見つけられずに、また、外へと行かなくてはいけないの。
 
 
 
自分探しの話を前にしたけど、自分の居場所をまず、体ってところにおいてみると、ちょっと違うからね。
 
 
 
古武術には技があります。
このところアップしている動画を見てもらうと、あんな風に投げたい、って思うかもしれません。
でも、ただ投げる技を身につけるのなら、少林寺拳法や合気道みたいなはっきりとした投げの技を持っている ところに習いにいった方が早いからね。
 
 
 
大人の武道塾でやりたいのは武術を通しての自分探し。
心ってなんだろう、ってのを体を通して探しましょ、ってのを考えてるからね。
体が軽やかに動くと楽しいんだよ。
もう、単純、それだけだもん。
軽さってね体重じゃなくって、動きを通して感じられることだからね。
そんな心の世界を見てみたい!って人はぜひ、体験しにきてください。
 
 
 
現在は愛知、岐阜、静岡で開講中です。
また、呼んでいただければどこへでもいきますので、お問い合わせください。
他では学べないものをお渡しできると思います。
人生に一度は経験しておいて欲しいなぁ、と思ってます(笑)。
 
場所、日程等詳しくは下記のサイトから。

【稽古日誌】ハサミの原理の動画

 
 
今日は浜松で中日文化センターでの稽古。
伝えたい事が道具の原理、親子の原理、半歩の術理、そして、ハサミの原理と、なんかもう、2時間では全然、足らない(笑)。
 
ただ、今回は小冊子を持っていったの。
伝えたい事をとにかく渡しておく。それが大事だと思ってるんです。
私の講座にはこれだけは身につけておくべき基本ってないんです。なんども書いてますから知ってますね(笑)。
そして、上達のためのカリキュラムもないんです。
 
 
なぜかと言えば、甲野先生がそうだったから。
教科書どおりの学び方で上達しなかったのが、ある時、学ぶ事がなにもない稽古で一気に自分が変わるって経験をしちゃったんです。
なにかに気づくたびに、それまでの自分とは別人になったかのような気持ちになれるんです。
 
 
 
今でこそ、毎月、毎週のように新しい動きに気づいてたりしてるけど、最初はひどかった(笑)。
甲野先生に出会い、不思議な技をかけられ、体で体験し、言葉で勉強しても、一番最初に変化を感じるまでに、半年ほどかかったんだよね。
 
柾目返しって技があるんです。
正座で向かい合い、相手がこちらの片手を上がらないようにしっかりと押さえてくるって技。
ただ、上げるだけだから、抑えるほうも簡単。力いっぱい、遠慮なく抑えて行く練習技です。
やって見るとわかるけど、なにもせずにただ上げると、上がらないんです(笑)。
 
野球で言えば、直球ど真ん中だけで勝負してるようなものだもん。
ストライクやボールを使い分け、変化球でタイミングをはずして空振りを誘うんじゃないんです(笑)。
ただ、まっすぐ相手に向かって投げているのに、相手が打てない、って事を求めています。
 
初めはもう、なんにも出来ません。
ちょっとでも力が入ってしまうと、ぶつかって、技にならないから。
まさか、こんな状態で相手を崩していく事ができるとは考えもしなかったんです。
 
 
 
そこに変化が出たのが稽古をし始めて半年たった頃。
たまたま出会った人と手を合わせていて、その人から「コツ」を聞いたんです。
そのコツとは「手を上げる前に、掴まれている側の肩を手を動かさずに引く」、というもの。
言われたとおりにやって見ると、それまで動かなかった手が相手に抑えられずにすぅ~って入っていくんです!
初めて「変化」を感じた時でした。
それが1995年ですからね(笑)。
いやぁ、時間がたちました。
 
 
以来、ずっと、変化が続いて、今、私の中の最先端が「ハサミの原理」。
左手と右手の間に切っても切れない関係性、連動性がある事がわかったの。誰の中にでもだよ。
その誰にでもある関係性を忘れてしまうのは、私たちの意識が集中するって事を覚えちゃったらから。
なにかに集中すると、反対がみえなくなっちゃうもん。
だからね、「モノ」ではなく、「つながり」の部分をしっかりと見続けると、動きが変わります。
 
 
 
昨日、講座の始まる前、お手伝いをしてもらい、ビデオを撮ってきました。
自分で自分の動きを見ていて、前回撮ったときからそれほど日が経ってないのに、なんだか、別人のような動きにみえます。
前回は手指、足指に引かれて動くってものでした.。

なんていうのかな、四肢それぞれがやんちゃな子供で、勝手に動いていけば家族みんながそれについていくしかないって、感じの動きだったの。
確かに速さは出て行くんだけど、どうしても、崩れやすくなります。
でも、今回のものは左手と右手の間にある「関係」を気にして動いているの。
結果として、なんだか、きれいにまとまってみえるんですよね。
 
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きっとね、掴まれた腕をどう動かしてなげているんだろう、って見えると思うの。
でも、そこじゃないんだよね(笑)。
動きの秘訣は反対の手との連動性。
ちょっとそこを気にしながら見てみてください。
 
個人的にあっ、こんな動きをしてるって思ったのは、最後の技をかけ終わった後に、くるりと廻っている動き。自分の動きなのに不思議と見とれちゃいました(笑)。
 
あんなに不器用で、どんくさい動きしかできなかったのに・・・。

【稽古日誌】ひさしぶりに冊子をつくりました。

こんばんは・・・。
 
今、11月10日、土曜日の23時42分です(笑)。
 
 
ずっと、書けなかったブログを「今、感じている事をただ書こう」と目的をはっきりとさせてみたら、とっても、気楽に更新できるようになりました。
気がつけば、もう、ひと月ぐらいも!
 
 
昔、遠足の作文がかけずに、一時間ずっと、固まっていた自分からは想像できません(笑)。
 
 
久しぶりに「冊子」を作りました。
文化センターで活動を始めた5年前は毎月、気づいた事をまとめて、冊子をつくり、配っていました。
3年ぐらいはちゃんと続いた気がしますが、いつのまにか、冊子を配布する間が伸びちゃって。最近はすこし、お休みしていました。
 
 
理由は、動きが変化するスピードと冊子を作るスピードが合わなくなっちゃったから。
数年前であれば、ゆっくり、ひと月かけて、その時の術理を解説すればよかったんですが、最近はもう、1週間の間に大きな変化が生まれてしまって、とても一つの冊子にまとめる時間が取れなくなってしまったんです。
 
 
このブログを再開したおかげだと思うんだけど、考えている事を言葉にするスピードが速くなってきました。
口にした言葉を信頼し、流れに乗ってみるか、と考えてみたら、少し、楽にかけるようになったんです。
 
 
そういうこともあって、久しぶりに冊子をつくっちゃおう!とこの2週間ほど、書いては消し、書いては消しを繰り返し、ようやく、完成しました。
今日の浜松の講座を目標にしていたので、この数日は寝不足気味です(笑)。
 
 
今回の冊子のテーマは大人の武道塾について。
そこで学べる事、気づける事を思ったままに、書いてみました。
技を体で感じるものとは違い、言葉として伝えていくのが冊子です。
大人の武道塾はその「言葉を体感できる」場所だと考えています。
 
 
この数ヶ月、体で再確認できた言葉がたくさんあります。
少し挙げてみましょうか。
 
仙骨、波動、選択、背骨、情熱、信念、筋肉、経験、遊び、道具、親子、信頼、他人、応援、連動、バランス・・・
 
たくさんの言葉を体で感じる事で、改めて、人間ってすごいな、と感じています。
 
 
僕らはたくさんの「知識」を学べる環境に生きています。
江戸に暮らしていた人が一生で得る情報を現代人はたった、数日で得てしまうそうです。そんなたくさんの知識、情報、言葉をどう生かすのか・・・・。
たくさんの事を機械やサービスが代わりにやってくれるようになってますよね。
どうしても、経験、つまり、体で確かめるチャンスが減りました。
 
 
だからこそ、体を丁寧に見ていかないと、だんだんと感性が失われていってしまいます。
 
 
感性を必要としない社会って計算どおりに動いて、制御しやすいかもしれないけど、あんまり、楽しそうじゃないですよね。
 
しかも、地球っていう自然の中で暮らしている以上、人の力の及ばない大きな力に襲われる事もあります。
自分の中に不安が生まれた時、助けてくれる機械やサービスもあるとは思うけど、まずは、自分でそんな不安は乗り越えられるんだ、って感じられたら、楽しいと思いませんか?
 
 
私たちは、十分、すごい可能性をもった体を持っているんです。
すこしでも、それが伝わっていってくれればうれしいです。
 
 
 
あっ、今、日付が変わって、0時6分だ(笑)。
毎日の更新が途切れましたが、また、ブログもツイッターも冊子も書いていきますね。
ストップしてるのはフェイスブックだけ(笑)。
 
 
では、眠いので、寝ます!
おやすみなさい!!