心と体

元気

この前小学校へ授業参観にいきました。

学級崩壊というような問題はなく、実に平和な授業でしたが、
子供たちを見ていると色々と考えさせられます。

元気ってなんだろうなぁ~

最近カラダを見ていると内側と外側に力があることに気づきました。

その内側を「元気さ」と表現してもあまり違和感が無いかもしれません。
例えば手を上げるという事。
授業の中でもみんな手を上げていました。まぁ大きな声をだして。

でもそれは全力なのか?

子どもの頃を思い出すと「ただ手をあげる」だけでは、
叱られていたような気がします。

「もっとちゃんと上げなさい!」

この時まっすぐ手を上げてみてもそれだけでは足らなかったように思います。
姿勢はもちろんまっすぐ、手もしっかり上げて・・・それでも足らない。
何が足らない?

真剣さ、元気さです。

気持ちまでも見てくれていた先生がいなかっただろうか?
朝の朝礼でもしっかりとした姿勢で立ち、
気を入れていなければ注意をされていなかった?

いつの間にか黙っていれば何も言われなくなっていない?
姿勢も元気も見れる先生がいなくなっちゃったのかな?

「型」について。
手を上げるという技の型がここにありそうですね。
しっかりと限界までカラダを使う。これ「外側」です。
その限界から「元気よく」さらに上げる事で
「内側」の力を引き出してくれていたような・・・

なかなか子供たちとカラダだけの稽古をする機会は少ないですが、
自分のカラダですからねぇ、信頼だけは持たせてあげたいものです。

では、今日も楽しく!良い日でありますように。

気づく、変わる

カラダラボで伝えたい事は「変化」すると言う事。
これは「成長」と言っても良いし、「可能性」と考えてもらっても良いです。
自分のカラダはまだまだ不思議な何かが
たくさん眠っている、という事を感じてもらいたいと思っています。

それは言葉を通してでもそうだな、と今日思いました。
同じ言葉を通しても、
その言葉はカラダが変わる前の解釈と変わった後の解釈では
全然違うと思うんですね。

だとするとその変化を伝えていくにはそれを残していかなくてはいけないですね。
ココロに浮かんだこと、カラダが感じたこと、上手に出していければなぁ、
と思います。

仙腸関節って・・・

月曜稽古、お疲れ様でした。
この月曜日はメンバーが固まってきて、ずいぶんと「研究」をさせていただけるようになりました。

今日の稽古、終わり間際に「仙腸関節」に動きがはっきりと感じられて、それを試していたらこれまでにない力が生まれているのに気がつきました。

この感覚に気がついたのも、やはりオオタさんが力いっぱい抵抗してくれたから。自分の技と力がうまく伝わっていないという事を自覚させてくれたからですね。

棒を押し合う稽古をした時に、どうしても力が単純になってしまい、うまく入っていけません。力を伝えられない、という事です。なぜだろうと考えてみるとやはり、力が棒を伝わっている事で動きが単純化されてしまい、読まれやすくなったのでしょう。

どうすればいいんだろう・・・

頭に浮かんだのは棒に弾丸のように回転を与えてみるという事。最初は手をつかってそれを表現しようと工夫をしましたが、やはりうまくはいきません。方向性が間違っていない、という事はわかりましたが、どうすればもっと滑らかに行なえるんだろう・・・と考えながらの稽古です。

自分の力を止められていた時にふと腰のあたりに動きが生まれていました。ちょうどこの動きが棒に回転を与えているんですね。棒に回転を与えながら手に集めた体重を降ろして前に進めていくと、これがなかなかいいみたいです。

仙腸関節が3次元的に動いているからなのか、相手にもその3次元的な動きが伝わっていくみたいです。

動画は腰をしっかり抑えられても動ける様子です。
手を上げる動きと同じで、自分の腰を楽に動かせる「道」がみつかったのかもしれません。

http://jp.youtube.com/watch?v=3zzOXrKmTt0

http://jp.youtube.com/watch?v=ri1bKh68kNE

なにが違うんだろう・・・

ふと入ったコンビニで気になる事がありました。

コーヒーを買いにレジへ・・・。
そこでの出来事。お決まりの挨拶、お金を渡し、レジを打つ。そしておつりをもらい、ありがとうの一言。その流れの中で「気になる」事が何一つ「無い」のだ!!

アルバイトだからというのも無いし、かといって不自然なサービスも無い。淡々と仕事をこなしてぶっきらぼうかといえばそうでもない。レジを打つ動きにも無駄が無いし、とにかく残ったものは「気持ちよさ」だけでした。

若い男性の店員でしたが、外見上では特に目立った様子も無いし・・・。

ふと頭に浮かんだものは七人の侍。人材を集める時になにを見るのか、つまり「人を見る目」なのだけれども、ぱっとであった瞬間にこの人欲しい、と思わせることってあるんだなぁと思いました。

よくわからない話ですが、お伝えしたくて書きました^^

驚!ナンバ歩き

ナンバ歩きは手を振らない。

でも歩く時には手が揺れてしまう。でもナンバの動きを習得するのだ、と「振らない」事を意識して歩くのは不自然だ。

だから今まで「自然」にナンバで歩く事って難しいなぁと思っていた。

昨日手を振らない事が「楽」、「力」になるという事がわかった!

ナンバ歩きが普通になるかもしれない・・・